06.初戦闘は恋の予感
朝となり、さっそくユイと出かけることにした。
まずは朝食を探しにパン屋さんへと赴く。
焼き立てのいい香りが漂う……。
「ユイはどのパンが食べたい?」
「わたしはあの……安いので構いません」
「僕とユイは同じものを食べるって約束したでしょ。おいしそうなのを選んでほしいな」
「そ、そうでした……。ではあの……これがとてもいい香りです」
ユイが選んだのは、イチゴジャムの入ったパンかな。これを朝食としよう。
僕はお昼ご飯用にバターがたっぷり入ってるぽいパンを選んだ。
お店を出て歩きながら食べる。
「おいしいです……こんなおいしい物初めて食べました」
「ユイが昨日頑張ってくれたから食べられるんだよ。ありがとね」
「いえ……すべてはご主人様のおかげです。今日もがんばりますね」
今までつらい奴隷人生を送ってきたんだろうな。
これからはおいしいものをたくさん食べてもらいたい。
そして仕事を探すべく冒険者ギルドへと到着した。
今日はモンスターと戦う仕事を受けてみる……ちょっと緊張しちゃうな。
とりあえず小手調べに、初心者向けのモンスター討伐の仕事を引き受けた。
街近辺に現れる弱いモンスターを倒してくるというものだ。
いろいろ説明を受けたので、それらを確認しながら戦っていこうと思う。
そんなわけで街の外へ初めて出ることとなった。
冒険をはじめるといった感じで少しわくわくしている僕がいる。
とりあえず迷わないよう、街道沿いに進むとしようか。
「ユイはモンスターを見たことあるの?」
「いいえ、街を出ること自体が初めてなんです」
「そっか。じゃあ慎重にゆっくり行こう。天気もいいし、ちょっとしたピクニック気分でさ」
「えっと……ピクニックとはなんでしょう?」
奴隷だったユイはそういった楽しむ類のことを知らないんだろうか?
そういえばいつから奴隷だったんだろう……。
「ピクニックっていうのはね、お弁当を持っておでかけすることだよ。景色を楽しんだり、楽しくお話をするんだ」
「なるほど……。では景色を楽しんでみますね。街の外って、なんだか気持ちいいですね」
「そうだね。ところでユイ、答えにくい質問かもだけど……いつから奴隷をしているの?」
「わたしは生まれた時からです。母が奴隷だったもので……」
「そうなんだ……」
生まれた時にもう自由を奪われてるなんて……。
なんてひどい扱いだろうか。
お母さんはどうなったのだろう? 怖くて聞けない……。
「ご主人様、向こうの方に何かがいます」
「えっ?」
モンスターだろうか?
しかしユイが示す方向には何も見えない。
ちょっとした茂みがあるだけだ。
「何かな? 僕には見えないや」
「あの茂みになにかが隠れています。隙をうかがっているのかも……こちらから行ってみましょう」
「うん、任せるよ」
僕を守ろうとする力により、ユイの感覚も鋭くなっているのかもしれない。
ここは任せてみよう。
ユイは剣を抜き、ゆっくりと茂みに接近する。
初めて剣を使うはずなのに、その姿が様になっていてかっこいい。
「ギシャァアアアッ!」
「せいやあっ!」
え? 今何が起きたんだろう?
たしか……茂みからなにかが飛び出してきたと思ったら、ユイが見えない速度で動いた。
そして地面には巨大なネズミのような生き物が落ちている。
いや……動かないからもう死んでいるのだろうか。
「ご主人様やりましたよ! わたしこの剣で戦えました」
「すごいねユイ……。何が起きたか全然見えなかったよ」
ユイの強さは想像を遥かに超えているようだ。
なんとも頼もしく、誇らしい。
地面に落ちたモンスターはやがて消え、そこには尻尾らしきものが落ちていた。
ギルドで聞いた通りだ。モンスターは倒すと消え、なにか戦利品を残す。
それをギルドに持っていけば、倒した証拠として報酬がもらえるらしい。
「じゃあこれは僕がカバンに入れておくね」
「あ、わたしが持ちます。そんな雑用をご主人様にさせるわけには……」
「いいんだよ。ユイが倒して僕が拾う。そうするのが効率いいからね」
「そう……ですか。ではお願いします」
大きなネズミの尻尾……役に立たなそうだし安そうかなあ。
ユイからしたら弱いみたいだし、たくさん倒したいな。
「ユイが強いってわかったし、たくさん倒したいね。モンスターがどこにいるかわかるかな?」
「そう……ですね。あ、ご主人様に近寄って欲しくない場所がいくつか思いつきます。そこにモンスターがいるのかもしれません」
「じゃあ行ってみようか」
「はい。ではここから見えるあの森に行きましょう」
道から少しはずれたところに森が見える。
あの場所ならすぐに道へ戻ってこれそうだ。
ユイの後について森へ入って行く。
「ご主人様、わたしから離れないでくださいね」
「うん、頼りにしてるよ」
「はい、わたしに何があろうとご主人様は守り抜きます」
「そんな言い方はしないで。ユイは僕の大切な人。ユイになにかあったら悲しいから、ちゃんと自分の身も守るんだよ」
「大切……わかりました! ご主人様の次に自分を守ります!」
ユイのやる気が増していくのを感じる。
戦いでは素人の僕だけど、かなりの使い手が目の前にいる気分だ。
「ご主人様、出ました……」
ユイは剣を構えて前方を睨みつけているが、やはり僕には何も見えない。
でも間違いなくいるのだろう。
「ご主人様、試してみたいことがあるんです。少し派手なことをしていいですか?」
「うん、ユイにお任せするよ」
ユイは剣を腰に構え、なにかの体勢を取った。
僕はわくわくしながらそれを見る。
「はあっ!」
「グオオオオオッ!」
ユイが見えない速度で剣を振り抜くと、前方の茂みがはじけ飛び悲鳴が聞こえた。
何が起きたかさっぱりなんだけど……。
「ユイ、何をしたの?」
「剣から衝撃波を飛ばしました。これで倒したはずです。見に行きましょう」
「そ、そっか……。それは魔法なの?」
「魔法というより技でしょうか? なぜか頭に流れ込んでくるんですよ。あ、魔法も使えるかもしれません」
「すごいね……」
ユイが示す場所に行くと、なにかの牙のようなものが3つほど落ちていた。
ここには獣がいたのだろうか? とりあえず拾ってと……。
それにしてもユイは強すぎじゃないだろうか。
もう1度ユイの潜在能力を確認してみたい。できるかな……?
「ユイ、ちょっと僕の目を見てくれる?」
「あ、はい……」
ユイの目を見つめて念じると、頭の中に情報が流れ込んできた。
《ユイに発現中の潜在能力》
《適正S 守護の力……大切な人を守る力。想いが強ければさらに強化》
《限定条件が発動しているため変更不可》
内容は前回見たとおりだけど……限定条件って何だ?
これをもっと詳しく……そう念じてみる。
《生涯で守るべき相手を1人と定めたため、能力を最大限に発揮中》
《対価として、守るべき相手が死ぬ時は運命を共にする》
《守るべき相手の変更不可》
なにこれ……ユイが強くなる代わりに、ユイの人生を限定してしまっている?
会ったばかりの僕に人生をすべて捧げようとしてくれているのか……。
「ご主人様どうされたのでしょうか? なにか切なそうです」
「あ、なんでもないんだ……。ねえユイ、ずっとずっと僕と一緒にいてくれる?」
「もちろんです! あの……それはずっとお側にお仕えさせてくださるということでしょうか?」
「そんな偉そうなことを言うつもりはないよ。ユイにお願いしてるんだ。ずっと一緒にいていいかな?」
「はい! 一生でもお供いたします!」
うん、これでいい。
ユイが僕に一生を捧げてくれるのなら、僕もユイに一生を捧げるんだ。
義務感でも何でもなく……純粋にそう思える。
「あ、ご主人様……。先ほどの戦いでモンスターが集まってきているようです」
「危険そうかな?」
「いいえ、問題ありません。私の戦いを見ていてくださいね」
「うん、見せてほしいな」
「では……魔法をひとつ覚えたのでお見せしますね。……魔法障壁!」
ユイが呪文を唱えると、僕を優しい光が包み込んできた。
これは……僕を守るバリア的なもの?
そして僕に向かって微笑み、ユイは剣を構えて戦闘を開始した。
飛び出してくる敵に斬りかかったり、衝撃波を飛ばし……モンスターがどんどん倒れていく。
時々僕の方になにかが飛んでくるけど、目の前にある光に阻まれて僕には届かない。
僕は動かず、ただただユイの勇姿に見とれるばかりだった。
ユイが僕に惚れてくれているような気はしていたが、どうも僕の方もユイに惚れてしまっているようだ。
だって……戦う女の子ってすごくかっこいい。