01.奴隷はいらないけど……
これまでのあらすじ。
交通事故で死んだ20歳の僕は、神様より異世界でやり直すチャンスをもらった。
その世界は魔法や魔物の存在するファンタジー世界らしい。
何がしたいか聞かれたので、女性を幸せにしたいと答えた。
それができる能力を授けてくれたらしいので、がんばろうと思います。
僕は気がつくとどこかの街中に立っていた。
周りにはたくさんの人が歩いていて、道端にはたくさんの露店がある。
ゲームで見たことのあるファンタジー風な街並みと言ったところかな。
周りの人の衣服も見慣れた物とは違い、僕もそれに合わせた服装となっていた。
手持ちのかばんにはお金と食糧らしきものも入っている。
とりあえず街を歩き回ってみよう。
しばらく歩くと、なんとなく違和感があった。
露店などで必死に働いているのは女性が多く、男は座ってふんぞり返ってたりする。
さらに首になにかを巻かれた女性もちらほら……あれはまるで首輪?
時々叩かれている女性も見るし……何か嫌だなあ。
この世界に疑問を抱きながら歩いていると、広場らしき方面が騒がしいことに気づいた。
ちょっと行ってみよう。……すると女の子の声が聞こえてきた。
「どなたかわたしを奴隷として拾っていただけないでしょうか。お願いいたします」
ぼろぼろの服を着た女の子が地面に土下座して、同じ言葉を繰り返していた。
周りにはそれを楽しそうに見ている人達……。
いったいなにをやっているんだろう?
ちょっと近くにいるのおじさんに聞いてみよう。
「すみません……。あの子何をしてるんでしょう?」
「なんか捨てられたらしいぜ。それで必死に次のご主人様を探してるらしい」
捨てられた? もともと奴隷だったんだろうか。
でも奴隷でなくなったらいいことなんじゃ……。
「なんであんなに必死なんでしょう?」
「そりゃあ捨てられた奴隷は奴隷以下の存在になっちまうからだろう。あっちの男どもを見てみろよ。もしあのまま引き取り手が見つからなかったら、さぞかしひどい目に合わせられるだろうよ」
「え……」
奴隷だけでもかなりひどい身分なのにそれ以下って……。
おじさんが示した方向を見ると、下品でガラの悪そうな男たちがニヤニヤしている。
なんとかしてあげたいけど……。
「どうやったら助けられるんでしょうか?」
「ん? おかしなことを言う奴だな。助けたきゃお前が主人になってやりなよ。でもひどい顔の女だぜ。まともに歩くこともできなそうだったし、ありゃあ前の主人がひどいやつだったんだろうな」
「僕が主人に……」
「そんな気はないだろうけど、するなら急ぎなよ。あっちで奴隷管理ギルドのやつが時間を計ってる。それが過ぎたらあの子は奴隷以下の烙印を押されるのさ。要は最後のチャンスってやつだ」
奴隷管理ギルドなんてあるんだ……。
あの少女はその時間内に主人を見つけなければならないのか。
周りに主人になろうとしている人はいない。
そして僕はあの少女を助けたい。
主人になんてなりたくないし奴隷なんて持ちたくもないけど、一時的な手段だ。
僕は決意してその少女の前に向かった。
「ねえ君、顔をあげて」
「え……?」
少女は顔をあげて僕を見つめてきた。
殴られたような痕に火傷のような痕も……。
おそらく元は可愛い顔だったのではないかと思うけど……あまりの悲惨さに目をそむけたくなってしまう。
よく見ると体も傷や痣だらけだ。
「僕と一緒に来ないかい?」
「わたしを奴隷にしてくださるのですか?」
「えっと……まあそういうことになるのかな」
「あ、ありがとうございます!」
奴隷にする気はないと言うと話がややこしくなりそうなのでそう答えておく。
少女は目を輝かせて僕を見つめてきた。
これはきっと生きようとしている目なんだろうと思った。綺麗だな……。
「ふむ……主人が決まったようですな。では奴隷管理ギルドへお越しいただけますか」
「あ、はい……」
ギルド職員らしき人が僕に話しかけてきて、ギルドへ向かうことになった。
馬車があるようで、それに乗せてもらえるらしい。
移動しようとしたが、どうも少女は足を悪くしているようでまともに歩けていない。
「肩貸すよ」
「えええっ!」
僕が少女の体に触れると、急に驚くような反応をされた。
セクハラと思われたのだろうか……なんとも傷つく。
「あ、ごめんね。変なところ触っちゃったかな?」
「え? いやあの……肩を借りるなんて恐れ多いです」
違ったようだ。
奴隷が主人に肩を借りるなんてありえないとでも?
なんとか言いくるめよう。
「ほら、ギルドの人を待たせると悪いから急がなきゃ。これは命令だよ、僕の肩につかまって歩いて」
「命令……わかりました。では失礼します……」
少女は僕につかまって、一緒に歩き出す。
なんともやわらかくていいなあ……。
体を洗っていないのかちょっと臭いけど……それは気にしないことにしよう。
馬車に乗り込み、無言で到着を待った。
今はギルドの人もいるし、2人になったらじっくりと話すとしよう。
そして奴隷管理ギルドで手続きをしつつ、説明をいろいろ聞いた。
奴隷は基本的に何をさせてもいいが、18歳未満の子に性行為の強要は禁止らしい。
つまり……先ほどの広場で待っていたガラの悪い男どもは、奴隷以下の存在となった少女にそういうことをしようと狙っていたのかもしれない。
助けることができてよかった。
そして奴隷には首輪が必須ということで買わされてしまった。
これは身分を保障するもので、はずすと殺されても文句を言えないらしい。
着けさせたくなかったんだけど、そうしなきゃだめみたいだ。
少女の首には入れ墨のような印があり、それが見えた状態になると捨てられた奴隷と判断されるらしい。
ちなみにこの入れ墨には魔法がかかっていて、主人である僕が念じると首が締まるとか……使いたくないな。
奴隷から解放する方法も聞いてみたが、かなり面倒な手続きと大金が必要と言われた。
制度はあるけど、使われることはまずないらしい。
なんでそんなことを聞くんだって顔をされちゃったし……。
奴隷に厳しい世界のようだ。
なお、奴隷の大半は女性で男の奴隷は少数らしい。女性に厳しい世界でもあるようだ。
首輪だけでなく手続きにもお金が必要で、僕が最初に持っていたお金はぴったりなくなった。神様がこうなることを見越してお金を用意してくれたのではないかって気もする。
手続きに必要な身分も神様が用意してくれていたようでスムーズに進んだ。
無事手続きが終わり、外へ出てようやく2人きりだ。
まずは自己紹介だな。僕の名前も身分証に書かれていた。
これを名乗って生きていくとしよう。
「じゃあこれからよろしくね。僕の名前はアルバート」
「はい……よろしくお願いしますご主人様」
ご主人様と呼ばれたくはないが、名前で呼んでと言ってもさぞかし困るだろう。
おいおい変えさせるとして今は我慢だ。
「それで君の名前は? あと歳も教えてくれるかな」
「歳は15のはずです。名前の方は……ないんです。以前は番号で呼ばれてたので……。好きに呼んでいただけますか?」
年齢もあやふやだし、名前すらないなんて……ここはそんなことが普通にある世界なんだろうか。
いい名前を付けてあげたいなあ。
この世界の名前がどんなものかはわからないけど……日本人風でもいいかな。
「ユイって名前はどうかな?」
「ユイ……」
「うん、嫌かな?」
「いえ! すごく気に入りました。名前をくださりありがとうございます!」
名前も決まったところで改めてユイを見つめてみる。
肩ほどまであるぼさぼさの黒い髪。
顔も体も傷だらけ……。
着けられた黒い革の首輪もなにか痛々しい。
でも……ユイの目だけは吸いこまれそうに綺麗だ。
そんなわけで、僕の異世界生活はユイという奴隷を手に入れてしまうところから始まった。
今のところお金も仕事も無し。
さあどうなるのか……。