もしかしてこれも壁ドンだったのでしょうか
建物の上を渡って行った先は、建物は途切れて橋になっていた。
「……高い、ですね」
下を見てみると、居館と橋の先にある建物の間が水路になっている。人が飛び越えるには難しい幅だ。
「高いところが苦手なら、抱いて行ってもいいが?」
「いえ、別に苦手なわけではないので」
嬉しそうに言われて、つい断ると、明らかにがっかりされてしまった。
「ルカは……」
橋の部分に踏み出したところで呼ばれて、振り仰ぐとクラウス様があごを撫でながら考え込むようにして私を見ている。
続きの言葉が気になって足を止める。
止めない方がよかったとすぐに思ったのだけれど。
「先生……、フェリクス先生には面白がって触らせたと聞いたんだが、ひょっとして若い方がいいのか?」
思考が止まったところに、強い風が吹き付けて来た。
「へ、あ」
ここまで歩いてくる間もそれなりに風は強かったのだけれど、水路の上だとか、建物の間だとかでこの橋の上は風がいっそう強くなるようだった。
「おっと、大丈夫かな?」
吹き付ける風から顔を逸らしたところで、よろめいてしまった。
落下防止に手すりはあるものの、そこに全体が石造りなため、頭でも打とうものならちょっとした惨事だ。
とはいえ、クラウス様が支えてくれたおかげで、打ち身も傷も作らずにすんだ。
のだけれど。
「大丈夫です。ありがとうございます」
支えてくれた手から離れようとそう言ったのだけれど、手を離してもらえない。
これは、あれだろうか。
「よかった。それで、先ほどの問いには答えてもらえそうかな?」
やはりあれだ。
つまり、答えるまで放さないということですね。
背を支えられているだけでなく、覆いかぶさるように囲い込まれてしまっていて、逃げようがない。
と、冷静に状況を受け止めているふりをする。
そう、ふりだ。
最新の黒歴史に触れられて冷静な者がいようか。
先生にこの体を触らせていた、というと大変みだらな感じなわけだけれど、みだらだからとか乱れたいとか、そういうわけではなかったので、正直自分にとっては早く忘れてしまいたいことなのだ。
まあ、調子に乗ってたんだよね。
ある日自分がいきなり美少年になってたら、多くの人間は調子に乗ると思う。
さらに淫魔扱いをされたり、フェロモン思いのままなんて体ともなれば、さらに調子に乗るに違いないと思う。
自分が許せる範囲で相手に好きにさせておいて、自分に有利な状況を作り出す。
それが出来る容姿と体があるなら、調子に乗るでしょう。
では何故それを、私は先生に仕掛けただけでやめたかというと。
向いてない。
それが一番の理由だ。
先生のリアクションはなかなか面白かったが、結局その相手は自分なのだ。どこまでオッケーか決めるのが自分となると、あまりなことまではしていただきたくない。かといって、上手くその辺りをやりくりするには、なかなかに高度な人間観察とコミュニケーション能力が必要になる。それってかなり大変なのだ。
それに、美少年が青年やおじさま相手に色仕掛けしているのも悪戯されているのも客観的には歓迎すべき光景だが、自分がその美少年じゃあ、大して楽しくない。
駆け引きそのものを楽しめる人間ではないのだな、と改めて自分を振り返ったところで、美少年の体に浮かれていた私は、自分に合った態度で過ごしていくのが一番だと思い改めたわけだ。
それにしても、先生、あんまりなことしちゃうと領主様の手前ちょっとね、みたいなことを言ってなかっただろうか。
そういうことを言うのなら、自分が何をしたか言いふらしはしまいと思っていたのだけれど。
しかしまあ、何て答えたものか。
いっそ正直に話した方がいい気がするけれど。
と考えていると、少しして私の背を支えている手が外れる。
「はは。そう真剣に考え込まなくても、言いたくないのなら無理には聞かないがね」
そう、あくまでも軽い口調で、笑って伝えられた。
おかげで、あれは調子に乗っていただけで、別に二人を比べて先生の方が好みってことはないと、言い損ねてしまうことになった。