領主とその姪の家庭教師 3
人形として作っておきながら、自我があると知ったところで、怒るどころか嫌われると困るなどとのたまう領主に、フェリクスは膨らんできていた疑問を口にした。
「……つまり、領主様は、彼、いや記憶は彼女なのかもしれませんけど、ともかくその、自由恋愛なら受け入れてもいいっていう話を、採用するわけですか?」
ホムンクルスが、自分の作り出された理由を知って、たとえ一人の人間としての記憶があるからといっても、領主に対して人形としてではなく対等の人間のように扱えと言い出した時はフェリクスも驚いたものだ。
その申し出に、領主がうなずかなくてはならない理由などないのだ。
自我があろうとなかろうと、ホムンクルスはホムンクルス。と言い切ることだって出来るし、ホムンクルス自身にとっては最悪となろうがその自我を取り上げることも、不可能ではないことをフェリクスは知っている。
自我をそのままにしても、無理やりだとか、閉じ込めておくだとか、その程度のことを可能にする権力はある領主だし、フェリクスがあれは人間ではなく自分が造り育てたホムンクルスだと証言すれば、無体が法に触れることもない。
だから、領主のこの嫌われると困るという言葉には、何でまたそんなことを言うのかという不思議さを感じてならなかったのだ。
大体、少年を好む領主が、外見は美少年とはいえ、中身が女でしかもどうやら成人済の記憶を持つ相手を受け入れるものだろうかという疑問もある。
成人女性など、領主にとっては完全に守備範囲外ではないのだろうか。
と思ったのだが、領主はゆっくりと大きくうなずいてみせ、フェリクスを驚かせた。
「もちろん大歓迎だが?」
何故そんなことを尋ねるのかとでも言いたそうな目で見られ、フェリクスはつい言い返してしまった。
「でも、中身、女性ですよ?」
前世の記憶というものを中身というかどうかはともかく、本人の言葉によればそう言い表しても構わないはずなのだ。
それでも領主は構わないというように、手のひらをひらひらと振ってみせる。
「だが終わった人生だろう? せっかく美少年の体に生まれ変わったんだ、その姿での人生を楽しんでしまえばいいだろう。楽しませるための心積もりならあるしな」
それはどういう楽しみなのか、と反射的に浮かんだ言葉は抑え込む。
フェリクスはそれでも、本当にそれでいいとこの領主が思っているのか分からなくて、さらに尋ねた。
「それに、外見はまあいい出来だと思いますけど、中身が気に入るかどうかは分からないでしょう?」
その言葉には、領主もふむ、とばかりにうなずき腕を組んだ。
フェリクスは自分の言葉で考え直しているのだと思ったが、少ししてそれは違うことが分かった。
「だったら聞くが、先生は外見が自分の好みど真ん中な相手が日々手の届く距離にいて、口説いてもよくて、それが気に入ってもらえたら口説かれてあげると言ってきた場合、どうする?」
「口説きます」
即答というわけでもなかったが、フェリクスの返事に領主は薄く笑った。そして勢いよくフェリクスに言葉を投げつけた。
「だろう? そうだろう? 言っておくようなことでもないが、私の場合大っぴらに自分の好みの相手を口説いたことなんてないんだぞ? 大っぴらに駆け引きを楽しむこともない。それを期待することの何が不思議なんだ?」
フェリクスは床に視線を逸らしながら、それはすみませんでしたと謝るしかなかった。
確かに、領主という立場だけでも自由恋愛は遠く、まして彼の世間に嫌忌される好みを考えれば、ホムンクルスが人形ではなかったことは楽しみを増したのだろう。
となればこれ以上フェリクスがとやかく言うことはない。あと出来ることは、避けれない教会の審問をいかにやり過ごすかだ。
だが念のためにともう一つだけ確認しておくことにした。
「その外見ですけど、領主様は確認されていないわけですけど大丈夫ですか?」
外見が整ってしまえば培養槽から出すことになるし、それ以前は見せるような形には整っていないからと、事前に外見のチェックを領主本人にはしてもらっていないのだ。
だから、ホムンクルスはいい外見に出来ているだろうし、情欲をそそる体質を持たせているとはいえ、好みに合わない可能性はある。
けれど領主はその問いにもあっさりと答えてみせた。
「ああ、ヒルダが気に入ったみたいだからな。なんだかんだで好みが似ているのは、血のなせるわざなのかね」
確かに、領主の姪であるところのヒルデガルトは、ずいぶんとあのホムンクルスを気に入っている。
だがまさか、領主自身にホムンクルスの外見判断の材料にされているとは知らないだろう。それにヒルダ、つまりヒルデガルト本人の普段の様子を思い返してみると、好みが似ているなんてことも彼女は知らないようだ。
フェリクスが少しだけヒルデガルトに不憫さを感じたところで、領主が付け加えて言った。
「ああ、好みが似ているなんてことは、ヒルダには言わないでくれ。本人は知らないからな」
やっぱり不憫だ。
そう心の中でだけ呟いて、フェリクスはあまり深く考えないことにした。




