領主とその姪の家庭教師 2
執事長が案内したのは、領主の執務室だった。
つまり領主としての仕事を行う部屋なわけで、部屋の奥には立派な執務机があり、手前にはこれまた立派なテーブルとソファが置かれている。
来客用であったり、打ち合わせ用であったりそのソファの一つを示され、フェリクスは領主の表情をうかがいながら腰を下ろす。
領主クラウスは客観的、世間一般的な観点からすると、男前なのだろうとフェリクスは思っている。
顔立ちは整っているし、余分な脂肪がついた部位はないし、髪の量も申し分ない。たくわえた髭はむさくるしくないよう整えられているし、見る者に領主らしい威厳を感じさせるくせにわざとらしくもない。
年についてフェリクスは詳しく知らないが、大体30代後半らしい。
(今でも見合いの話があるって聞くんだけどなあ)
前領主から次期領主にその座が引き継がれるまでの、一時的に預かったものとはいえ侯爵であり領主であるクラウスが、この年まで独身でいるというのは国政に関わりのある権力者としては非常に稀なことのはずだ。
そこまで考えて、フェリクスは首を振った。
とりあえず今この場に関係のある考えではない。
それに、この領主に見合いの話がありながらも独身である理由は、フェリクスもよく知っている。
「さて」
向かいに座った領主が、本題に入ろうかとばかりにフェリクスの顔を見る。
口元は柔らかな笑みの形を取っているが、だからといって場の雰囲気まで柔らかいわけではない。
というよりは、柔らかいものだと感じてしまっては、フェリクスの身が危うくなるかもしれないものだと見るのが正しい。そうフェリクスは感じて、フェリクスもまた口元をなるべく笑みの形に見えるように整えようとする。
「先に出してくれた報告について理解したつもりだが、どうしたらいいと思う?」
「え」
フェリクスがつい、身分が上で雇い主でもある相手に間の抜けた声で返してしまったのは、領主の言葉が想定外だったからだ。
詳しい説明をしろとか、原因は何かとか問われたのなら、出来る限り自分に非が内容に説明する心積もりだったのだが、今の問いかけですっかり予定とリズムを狂わされてしまった。
そこに領主がにやりと、これはどうやら本当に、笑ってみせる。つまり、フェリクスのこの反応を狙って行われた問いかけだったわけだ。
「自我を持ってしまったものは、どうしようもないだろう? それに本人が恋愛対象として扱っていいと言っているのなら、私自信にとっては願ったり叶ったりだし、原因不明とはいえ先生には感謝することだよ」
フェリクスが頭を真っ白にしているところに、領主がそう告げる。
それを渋いとてもいい声で、穏やかに語るのはどうなんだろう、とぼんやり考える程度にしかフェリクスの頭はついていっていなかった。
「ええっと、じゃあ、どうしたらっていうのは……?」
一応、最初に言われたことは頭から抜けていなかったので、どうにかそれを言葉にすると、今度はにこり、と笑顔を返された。
何だか馬鹿にされているようだ、と数多くの学問を修めて頭もいいはずのフェリクスが訝しさを覚えるような笑顔だ。
だが実際に馬鹿にされていたのだということは、すぐに分かった。
「教会に報告すれば審問官が派遣されるだろうが、報告しなければ異端審問にかけられるだろう? 審問官はやり過ごせそうかな?」
「あ」
自我がないからと、ただの体温のある人形としてホムンクルスの存在を見逃している教会とはいえ、教会の目の届かないところでホムンクルスを造ることは禁じられている。
設計、育成方法、その結果を、基本的には書面だけでいいのだが、教会に届けることになっているのだ。
今回のこの『ホムンクルスが想定外に自我に目覚めた』という結果を、虚偽の内容で届けること自体は難しいことではない。
ただ、そうしたところで、経歴が不明の少年が領主の城にいるということは何処からだってもれるだろうし、場合によってはホムンクルスだということだってもれる。
そうなれば自我のあるホムンクルスだということは、すぐに教会の調べが入るに違いないのだ。
「……本人の言う前世を持つ魂の転生というのが本当なら、多分、教義上は、問題ない……ことないですか?」
これが、あのホムンクルスの言葉が嘘で、フェリクスが疑ったように淫魔が宿っているなんていうことが事実であれば、完全にアウトだ。
意図しなかったにしても、淫魔の依代となるようなホムンクルスを造ってしまったことに、何らかのペナルティを課してきても不思議ではない。
だが領主の心配は別なところにもあったようだ。
「そうだな。だが、それが本当でも、審問官を呼んだことで、私が嫌われるとなると、それはそれで問題じゃないか」
それをどうにかするのは僕の仕事じゃないことないですか。という言葉を、フェリクスはどうにか喉の奥で止めた。




