領主とその姪の家庭教師
フェリクスはこの城にやって来て以来最高の緊張を感じていた。
というのも、彼が設計し育てて完成させたホムンクルスについて、領主に直接報告しなくてはならないからだ。
そのために、長い廊下を歩いて領主のもとに向かっている。
ホムンクルスは、この城の主であるところの領主に依頼されて育てていたのだから、完成報告に緊張する必要は本来ならない。
領主であるクラウスは、フェリクスにとってはそれなりに自由にさせてくれて金払いのいい雇い主だ。
趣味指向については、フェリクスからすれば真っ当と言い難いが、それだって法に触れているとか、国軍を差し向けられるようなことではない。何よりフェリクスに関わりがあるものではない。
なら何を緊張しているのかといえば、完成させたホムンクルスに不具合があったからだ。
けれどそれが失敗であるかといえば、そう言い切ることは難しい。そんな不具合。
これが注文されていたような容姿にはどう見てもなっていないとか、育成が単に上手く行かずに完成しなかったとかなら、まだ、フェリクスは気が楽だったかもしれない。
そういったことなら、謝って、普段の錬金術師であり領主の姪の家庭教師でもある分の給金に上乗せれた、ホムンクルス育成分の謝礼を返上してしばらくただ働きでもすれば、すまない話ではなかったはずだ。
つまり単なる失敗なら、フェリクス個人が頭を下げればすむ話だった。
だがこれから報告しなくてはならない内容は違う。
下手をすると領主が対外的に責任を取らなくてはならないことになってしまう。
あらかじめ、領主には文書で説明を先にしてあるが、より詳しい説明を直接して欲しいと呼び出されたことを考えると、実際に領主の責任問題になるような話の流れにフェリクスも関わってきていることは間違いないだろう。
領主が待っている部屋が近づくにつれ、フェリクスはふと証拠隠滅をして単に失敗したことにしておけばよかった、なんてことを考える。
けれどそれはすぐさま自ら否定した。
完成させたホムンクルスを、培養槽から取り出しに行った際に、領主の姪にあれを見られているのだから、証拠隠滅のしようもないのだ。
それに、とフェリクスは大きく溜息を吐く。
呼吸をし、脈を打ち、体温を持つ『だけ』の人形であるホムンクルスなら証拠隠滅の手段を取ったとしても、良心は咎めなかっただろう。
けれど、『あのホムンクルス』は違う。
違うのが大きな問題なのだが、と思考は領主に呼び出された件に戻り、ぐるぐる回る。
そんなフェリクスに、先を立って先導していた執事長がコホン、と咳払いした。
気が付けば、領主が待つであろう部屋の扉が目の前だ。
「部屋の中にご案内してもよろしいですか?」
フェリクスがこれからどう領主に話をしていいのか、考えをまとめることが出来ずに悩んでいたことが伝わったのだろう。
そんな問いかけをされた。
ここで待ってくれと言えば、この執事長のことだ、待ってはくれるだろう。
ただの雇われである錬金術師は、金に釣られて雇用主を変えることは稀ではない。というのが一般的だ。だからそれを知る人たち、特に主を慕う使用人といった立場の人間には嫌な顔をされることが多い。
だがそんなフェリクスに対しても、ぞんざいな扱いを取ることはない執事長だ。
けれどフェリクスは待ってくれとは言わず、扉を開けてくれるようにうなずいた。
ここで待ってもらったところで、どうせ考えがまとまることはない。
技術や知識で対応できることならともかく、政治的対応なんてものが必要な事態が絡む可能性があることに、自身が向いていないことは、フェリクス本人がよく分かっている。
フェリクスの促しをどう受け取ったのか、執事らしく表情を見せない男から読み取ることは出来なかったが、執事長はゆっくりと丁寧に扉をノックし、部屋の主との短いやり取りの後、扉を開きフェリクスを中へと促した。
フェリクスはじんわりと痛んでいる胃の痛みを耐えながら、部屋の中へと足を進めた。
報告しなくてはならないことは、生きた人形であるはずのホムンクルスが、自我を持ち一人の人間であるかのような振る舞いをしていることについてだ。
容姿も性別も、外見年齢も自由に作り上げられる、柔らかい肉を持った人形、つまりホムンクルスと呼ばれる存在は、それを作る資金を持つ金持ちに愛用されている。
自我があっては拒否されるであろう行いも、何もかも、黙って受け入れてくれるからだ。
その上、陶器や木、布で作った人形であれば出来ないことも、可能な体を持っている。
自我がない、けれど温かい体を持つ存在をもてあそぶことに、いい顔をしない者たちももちろん多い。
けれど、ダメだと言い切ることが出来、ホムンクルスを求める者たちを諌め、止めることが出来る者は、この世界に存在していない。
ホムンクルスは、自我がないから。己の意志がないから。自ら生きる者ではないから。
それは魂がないから。
だから、魂の存在が神々の手によるものだとする教会ですら、ホムンクルスの存在はただの人形として見逃しているのだ。
ではそのホムンクルスに魂があるかのような振る舞いが見られ、自我が感じられるとしたら。
どう扱うべきなのか。
(正直、僕の手には余るよ……)
フェリクスは心の中で何度呟いたか分からない言葉を繰り返した。
「やあ、先生。遅くに呼び出して悪いね。だが、分かっているとは思うが、この事態をどうにかするには、先生に確認しないといけないことが幾つかあってね」
もういっそ足を踏み出した床が抜けて、この場から自分の意志とは関係なく立ち去れたらいいのにと考えていたフェリクスを迎えたのは、領主クラウスの、普段通りの声だった。
苛立った様子はなく、怒っているようでもない。
むしろ、何故だか面白そうな事態にワクワクしているような表情をしているようにフェリクスには見える。
フェリクスは、もしかして、何とかなるかも、なんて気分になってしまったのだった。




