目覚めた瞬間寝顔を見られていたことが発覚したわけですが
無理、とソムニウムに答えようとしたところで、突然世界が現実感を失った。
夢の中で現実感というのも変な話なのだけれど、そうとしか表現しようがない。
景色はぼやけ、ソムニウムの姿かたち存在も『そこにそのようにあるっぽい』感じでしかない。
確かに他者のものとして耳から聞こえていた声も、私自身が頭の中で思い浮かべているかのように思えおる。
口内に溢れて鼻に感じていた紅茶の味も香りも、すでに思い出せない。
「残念、もうすぐ目が覚めるみたいだね」
ソムニウムがそう言った、と私の頭に思い浮かぶ。
夢の中の現実感は、目覚めが近づくと薄れるのか。
分かるような、分からないような話だ。
けれど分かろうが分かるまいが、今の私にはこれはただお夢でしかないらしい。
何か言わなくてはと思うのに、上手く言葉にならず、それどころか見ている風景も不確かで、ここに留まっていることも難しい気がしている。
だから、確かにこの夢はもう終わりなのだと分かった。
「まあ、詳しい話はまた今度、ね。『ホムンクルスのルカ』」
それが今の私という存在なのだと強調されたところで、私の意識する世界が一度途切れた。
夢の終わりだ。
夢から覚めてみると、『こちら』が現実だとはっきりと分かる。
それは目を開いていなくても、だ。
肌に感じる空気。そこにあるシーツの感触。指先に触れている本の形。
そういえばベッドで本を読んでいたのではなかっただろうか。
教会の教義書を読んでいた記憶がある。
この世界の成り立ちとなる神々の存在と、その始まりの神話を読んでいたあたりでその記憶が途切れているので、本を読みながら眠ってしまったことが分かる。
時間はちょうど昼寝にいい時間に、ベッドに寝転がっていたとはいえ、ページでいえばほんの数ページだったような気がするのだけど。
それでも眠っていたのはほんの少しだったのだろう。
まぶた越しに感じる明るさは昼間のものだ。
とりあえず起きて、本の続きを読もうかと目を開けることにして。
開いた目の先にある光景に固まる。
「やあ、起きたのか」
テーブルに肘をついて椅子に座った領主様と、目を開いた瞬間に目が合ったのだ。
つまりその前から見られていたのだろう。
どう返事をしていいのか分からず、もそもそと身を起こす。
「……ええっと……」
何を言ったらいいのか言葉を探してみても見つからず、体を動かすついでをいいことに、どうにか視線だけ外した。のだが。
まだ見られている感じがひしひしと伝わってくる。
それもなんだか、笑顔のような。
ますます困ってしまう。
「……なに、してるんですか?」
何も言わない相手に代わって、仕方ないながらもどうにかこちらから声をかけてみることにした。
その返事の第一声が短い笑い声で、寝起きに目のあった気まずさから外していた視線を上げた。
気配で感じていた通りの笑顔だ。
「鍵が開いていたから覗いてみたんだがね。いいものが見れたな」
はは、とさらに笑い声が響く。
いいものとは、まあ、美少年の寝姿だろうけれど、それが自分だと思うと、今更ながら違和感があった。
どうしたのだか。
「ところでよかったら、評判のお茶を淹れてはもらえないかな」
そう言われたことで、体はすんなりとベッドから下りるように動き出す。
戸惑っているよりは、言われたことでも何かこなしている方が楽には違いない。
終わった人生の記憶と現在の自分の齟齬を気にしているよりは、目の前のことをこなしていれば少しはこの体が自分のものだという時間が湧くだろうか。
なんて気が付いた。
結局私は言葉でどうこう言っていたところで、まだ、この体が自分で、これを自分として生きていく実感なんて持っていなかったわけだ。




