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ソックスガーターをはめた少年がまぶしいっていうのは同意です

 渡されたタオルと水の入った桶で体を清めて、拭いて、服を着た。

 というと簡単な話だが、着替える前に女の子を部屋から出さなくてはいけなかったし、青年は動作に不具合がないか見ないといけないから、とやや息を荒くしていたので、何というか、大変だった。

 これが私の体ではなく、私の妄想の中で起きていることなら、少年には青年に向けて『僕の裸、見てたいの?』くらい言わせたいところだ。

 青年の反応を見ていると、言うくらいは言ってみてもいいのではないかという気にもなっていたが、その後の展開をわが身のこととして体験することには、まだ少し迷いがある。


 ともかく、服を着たいからと女の子に告げると、自分が部屋を出る必要があるということはすんなり理解してくれた。

 その辺りは、年頃のまだ初心で素直な子だ。

 声を掛けるために『お嬢さん』と呼んだせいか、ふらふらしていた。裸のまま支えてあげるわけにはいかなくて、ただ見送ってしまったのが少し申し訳ない。


 残った青年の存在が気になりながら、体を拭くのに使ったのは、しっかりとしたタオルだった。ただの平らな布ではなく、細かい糸が飛び出した形に織られた、吸湿性の富んだ布。

 それも私が普段使っているような粗品のタオルではなく、分厚くていいタオルだ。

 そういう技術があるということなのだろう。

 服の布もしっかりと織られたものだと分かる。縫い目は細かいが、どうやら手縫いのようだ。

 用意された服は白いシャツに、黒い半ズボンとサスペンダー。

 シンプルだけど、着心地はかなりいい。いい布を使って、この体に合わせて作られたものだろうということが分かった。

 水槽からこの体を出す準備は、本当にしてあったみたいだ。


「お待たせしました、先生」

 最期に膝上で靴下を止めて、足の形に沿った皮靴を履く。

 靴下を止める、というのはつまりガーターだ。しかもガーターリング。一体誰の趣味なのか、こういう文化なのか気になるところだが、正直、最高。黒色でリボン結びに出来るところなんか本当にいい。

 何度も繰り返すが、早くこの体の全身を見てみたい。


「え、ああ、うん。うん」

 服を着た自分の体をくるりと見回してから目を向けると、青年はかなりあからさまに動揺した。

 動揺しながら下に伸ばした両手を組んでいることについては、まあ、言及しないでおこう。

 この青年、最初の印象は単に綺麗な少年になんかまったく興味がないという風だったのに、どうしたことか。

「これからどうしたらいいですか?」

 気にしないふりをして尋ねると、青年はまた小刻みに繰り返しうなずく。この時になって、青年の顔に眼鏡がかかっていることに気付いた。眼鏡の青年がうろたえる姿というのは、なかなかいいものである。 

 着ている物もシンプルでややダボついたシャツと綿のパンツで、着るものに対して気を使っていなさそうなのもよい。

「う、うん。ヒルダを待たせているから、向こうに行こう。ああ、君にも聞かないといけないことあるし」

「分かりました。ヒルダというのは、先ほどのお嬢さんのことですね」

 私はあの女の子をお嬢さんと呼ぶことにした。一度そう呼んだからというのもあるけれど、この声が呼ぶには女の子という呼び方よりお嬢さんの方が相応しいと判断したからだ。


「そう、そうそう。ヒルデガルト様といって、本当は次期領主。まだ成人なさってないのと、僕が家庭教師をしている関係で、気安く話させてもらっているけどね」

 やたらうなずいて、口調も駆け足な様子なのは、どうやら動悸がするかららしい。分かったのは、彼が胸に置いた手がリズムよく飛び跳ねているから。

 大丈夫だろうか。少し心配ではある。

「なるほど、ヒルデガルト様、ですね。先生のことは何とお呼びした方がいいですか? ヒルデガルト様が先生と呼んでいたので、勝手にそう呼んでしまいましたが」

「へっ? いや、ああ、うん。先生、先生でいいよ」

 青年は、ぶんぶんと首を振った。

 別に私にとっては先生ではないからと、改めて名前を聞いたつもりだったのだけれど、教えてもらえないようだ。

 もう一度教えてくれるよう強請ってみてもよかったのだが、胸の上で弾む手をもう一方の手で押さえつけながら

「心臓がもたない……」

なんてことを呟いているのが聞こえたので、そっとしておくことにした。まあ、当面は先生で構わないことにしておこう。


 水槽のあった部屋を出ると、少し離れた場所に階段が上に向かって伸びていた。

 窓はないが、途中に一か所ランプらしきものがあって、上がって行く分には問題ない明るさだ。

 今までいた場所は地下だったのかな、と何となく思う。まあ、ホムンクルスの育成なんて、勝手なイメージではるけど、地下が似合っている気がするものだし。


 その勝手なイメージは実は正解だった。階段を上ったところにあった扉をさらに向こう側に出ると、綺麗に整えられた庭園と呼ぶにふさわしい景色と、光の差し込む回廊があったのだ。

「……まぶしい……」

 薄暗い場所から、一気に昼間の陽の下だ。

 まぶしさについ目を覆う。

「ああ、ほんと、まぶしいよね」

 私の言葉に応じたようでそうでもない、先ほどまでの早口と打って変わったうっとりとした先生の声。

 そうですよね、と意味もないうなずきを返そうとそちらを見て、結局私は黙っておくことを選んだ。

 先生の見ている視線の先が、外の光ではなく、私にあったからだ。


 そうか。まぶしいのか。

 

 その時私の頭の中を過ったのは、そんなまぶしい少年、最低と言われる叔父様とやらに抱えられている姿が、見てみたい。だった。

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