領主様のお茶淹れ担当になります
私は基本的に自由に過ごしていい、という言葉に表情を輝かせたのは、ヒルデガルトだ。
「だったら、ルカはわたし付きの従者ってことでどうかしら!」
ヒルデガルトのいい考えで叔父を出し抜いてやった、という満面の笑みが、一瞬の沈黙をもたらした。
先生と執事長、メイド長は素知らぬ態度。
領主様はといえば、僅かな瞬間大きく目を見開いて、それから意味ありげな笑顔を見せた。
「なるほど、そういう手もあるわけか。だったら、ルカには私の従者になってもらわなくてはな」
「何よそれ、ルカは自由にしていていいんだから、わたしと一緒に過ごしたらいいじゃない? ね、そうしましょう、ルカ。ルカには私のお茶を淹れてもらって、食事も一緒にしましょう。私のお勉強の時間はそばで本を読んでてくれてもいいと思うし」
領主様がヒルデガルトの案を横取りなんてしようとするものだから、途端に話がややこしくなってしまった。
言い通せば、自分の考えが通るとヒルデガルトは思っているらしく、私の一日の過ごし方について話始めてしまっているが、領主様はといえば余裕の笑顔だ。
「ヒルデガルト」
落ち着いた穏やかな声だ。
けれどヒルデガルトは、びくりと体を震わせておしゃべりを止めた。
「……、な、なによ」
強がっているのは、穏やかな声の中にも威圧を感じたからだろう。
なるほど、領主様はその立場を預かるだけのものを持っているし、ヒルデガルトにもそれは伝わっているということか。
「君が先に思いついた考えを尊重してあげたくはあるのだが、それでも同じことを申し出る権利は、私にあるのではないかな?」
あえて問いかけの形を取られた言葉に、ヒルデガルトは俯き唇を尖らせた。
これは多分、状況が逆なら彼女もまた同じことを言って相手を封じることになるからだろう。
ここで先に言いだしたということをを押し通すと、本来持っている権利をないがしろにしてもいい、という形になってしまうわけだ。
どっちを取るのか難しいような話でもあるけれど、私の所有権が誰にあるかというと、私の意志が尊重されるとはいえ、結局領主様にあるのだから、実はとても簡単な話でもあるというわけだ。
領主様のものを、借りて使うには、いい使い方を思いついたのがヒルデガルトであっても、領主様の許可がいるという話。
「だって、叔父様が、ルカに自由にしていていいって言うんだもの」
「そりゃ、ルカは自由にしていたらいいが、おまえに自由にさせるという意味ではないよ」
そんなこと分かっている、とばかりにヒルデガルトが頬を膨らませた。
彼女の表情に少し心が痛んだ。
素敵なおじさまと、可愛い女の子に取り合われている、なんてこの状況を認識するのなら楽しいのだろうが、生憎私の心は楽しめてなんかいなかった。
二人の間で、自分が取るべき選択肢は分かっていても、自分が取りたい選択肢は存在していないがための、どっちつかずさ。
取るべき選択肢が最優先で当たり前、とでも思えていたのなら、彼女に対して申し訳ない気持ちになんかならないのだろうけど。
「というわけで、好きにしておいていいと言っておきながらで悪いが、基本的には私のそばについている、ということでどうかな、ルカ」
話が向けられたところで、改めてヒルデガルトを見ると、やや恨めしそうな表情で彼女もまた私を見ていた。
仕方のないようなことなのだけれど、こう出来たらいいな、なんていう自分の希望が生じてしまった。
なので、私はとりあえず、領主様の提案にうなずき、尋ねることにした。
「まだ世の中のことがよく分からないので、おそばに置いてもらえるのはありがたいことです。ただ、私にも出来ることはあるので、お食事の準備やお茶の準備を手伝わせてもらえると、お役に立てるかと思いますが、どうでしょうか」
それを聞いて領主様が目を向けたのは先生だった。
先生は、向けられた視線の意味を尋ね返すこともなく、大きくうなずいて見せる。
「魔力が扱えることについては報告させていただいた通りです。ルカが淹れるお茶はお口に合うと思いますよ。魔術も、勉強と練習を重ねれば、お役に立つものが身に付けられるはずです」
おかげで私の希望はすんなりと通った。
「なら、お茶の準備はルカに頼もう。食事については、他にしてもらうことも出てくるかもしれないから様子を見ながらだ。……午後のお茶は、ヒルデガルトも一緒だが、これからはフェリクス先生にも来てもらおう。しばらくは、ルカの様子をみてもらっておきたいからな」
そう言って、領主様は私に向けてウィンクを一つ。
どうやら、私の意図したことはまるきり把握されていたらしい。
つまり、お茶と食事の準備を申し出れば、そこに親族であり次期領主であるヒルデガルトが同席する可能性は高いだろうから、少しは彼女の気に入る結果になるだろうということ。
これを把握した上で、同意してくれたということは、私にとっては領主様に借りを作ったようなものなのだけれど、まあ、その辺りは深く考えないでおくことにする。
ヒルデガルトも少し気の晴れた表情をしていることだし、今のところは、これが最良ということにしておきたい。




