領主様は予想より手慣れている系の人だと感じています
「ルカ……、ですか」
領主に与えられた名前が、私の以前の名前、つまり前世とやらの名前と同じ響きだったことに、懐かしさを抱きながらも戸惑った。
これを単に偶然と思うには、出来過ぎている気はする。
もっとも、同じ響きだからといっても、同じ名前だとは感じられない。
瑠佳というのは、よき宝、というほどの意味だったとかつての両親から聞いた覚えがある。一方のルカは、領主様が口にした通り、光をもたらす者という意味を持つ名前だ。
これを意味も近いと取るには、私という人間の思考は向いていない。それともこの場合は感情だろうか。
「……気に入らないだろうか?」
問われたところで自分がどんな表情をしているか、省みた。過去に想いを馳せる顔は、憂いを帯びて見せていたかもしれない。
整った顔立ちというのはこういう時、過剰な情報を伝えてしまいかねない
気に入らないなんてことは、特にはないんだけどね。
私は慌てて顔を上げると首を振った。
「いいえ、素敵な名前をありがとうございます。……同じ名前を知っていたので、少し驚いてしまいました」
私の答えに、領主様は、ほう、と顎に手を当てた。
知っている名前、というのが引っかかっただろうか。
生まれて三日、この城からどころか先生の研究室のある棟からほとんど出ていない私が、誰を知っているのかなんて、それは変な話だと思う。
けれど領主様は、そのことについて触れないことにしたようだ。
「気に入ってくれたのなら、よかった。では、ルカ。これからのことを少し話そうか」
立ち上がった領主様が、私に手を差し出す。
そこから気が付くと、あっという間にするりとソファの上に座らされていた。
え、何、今の瞬間移動か。
そう思うくらい、素早くするりと違和感なく場所を移されていたのだ。
多分、手だけではなくて他の場所も支えられていたのだろうけど、どうされたのか全く分からなかった。
とりあえず、私の向かいに座ったヒルデガルトが、何か不満を言いたそうな顔で領主様を見ているのは分かった。
その視線の先は私の隣だ。
つまり私は領主様の隣に座っているというわけなのだけれど、気が付くと腰に手が回されていた。とてつもなく、自然に。
この手は、退けてもいいものだろうか。いや、まずいかな。
迷っていると、ヒルデガルトが噛みつくみたいに口を開いた。
「叔父様、その手、退けてちょうだい。……ルカが困っているじゃない」
ヒルデガルトが私の名前を口にしたことに、微笑ましくなってしまった。私の名前を領主様が決めたことについては、受け入れているようだ。
そこにどんなやりとりがあったのか分からないが、何もかも反対するわけではないのが、彼女の可愛いところだと思う。
「ふむ。少しでも早く距離を近付けたいと思ったのだがな。……困っているかな?」
当然といえば当然なのかもしれないが、私自身の意見を聞こうと話を振られて、むしろそれを尋ねられることに困る。
「……困るというか、驚いています」
何というか、領主がこんな風にさらりと相手との距離を詰められるタイプの人間だと思っていなかったし、そうしておきながらもこちらの意志を確認するタイプと「も思っていなかったのだ。
もっと傲慢な、人の意見なんかきかないタイプじゃないかと想像していた。
何故かといえば、満たされぬ欲望のために、金銭を使って生きた人形なんてものを用意させる人間だという認識だったからだけれど。
何だか、そこから想像していたタイプとは全く違う。
想像と違うことばかりされるので、困っているといえば困っている。けれどその困っている内容を言うのはやめておいた方がいい気がする。
ので、驚いているという言葉を口にすることにしておいた。
「ほら、叔父様、ちょっと慣れ慣れしすぎると思うわ。初対面なんだからもう少し離れるべきじゃない?」
けれどヒルデガルトは私の言葉を上手く、彼女の都合によいように使う。
「そうかな。まあ、今日はルカのこれからの話だからね。私はこちらに座ろうかな」
領主様はヒルデガルトの言葉にあっさりと引き下がるような態度を見せながらも、移動する際に私の髪をすくい上げ、唇で触れていく。
なんだこの、何だこの人。
この人今まで、そういう相手がいなかったと思っていたけど違うんじゃないのかと、混乱が深まって来る。こんな態度をしらふで取れる相手が今まで一人でいたなんて信じられない。いやでも、相手にしたいのが幼い少年だから相手にしてはいけなかったのか。何がなんだかもうよく分からない。
混乱する私と、怒りで激昂しているヒルデガルトをそれぞれ左右に見れる位置に座って、領主様はくすりと笑った。ような気がした。




