姪に最低と言われる領主様の外見に目を見開いている間に跪かれました
領主様の待つという部屋の扉を、執事長がゆっくりと開く。
大きい窓がまだ高い位置にある陽の光を採りこんで、窓辺が明るい。そのせいか、部屋にある人影が、一際くっきりと目に映った。
人影は二つ。
一つは立ち上がってこちらに向いて立ち、もう一つはソファに座ったまま顔だけこちらに向けている。
その、座っていた人影が素早く立ち上がった。
「今日の服、素敵ね! もう、叔父様の相手なんかしないでもいいのに!」
可愛らしい少女の声は、ヒルデガルトのものだ。
まさかここに同席するとは、と少し驚く。
私が、領主のために作られたホムンクルスとして、領主に挨拶する場だ。彼女が同席して、彼女にとって面白いことなどあるとも思えないのだけれど。
コホン、と咳払いが響く。立った勢いのまま私に近づこうとするヒルデガルトをけん制するためのものだろう。
「ヒルデガルト、静かにしているならいてもいい、と言ったはずだよ」
低く穏やかな声は、ある程度の年齢を重ねた落ち着きを持っている。
ヒルデガルトに対して、上の立場を感じさせる物言いは、この城では一人しかいないはずだ。
とすると、その声の主、立って私たちを出迎えた人影が、領主様かと目を向けた。
先生や執事長と比べると長身な体は、余分な肉もついていないらしい。といっても単に痩せているのではなく、必要な筋肉はついている様子が服を着ていても感じられた。
年齢は四十代前半から半ばくらいのような気がするものの、顎鬚もあり、正確な年齢が分かりづらい。
髪と髭の色は明るい茶色。目の色は青色に見える。
着ている服は、おそらく寛いだ時間を想定して用意されたものだけれど、シンプルながら中身に合っているせいでずいぶん洒落た雰囲気になっている。
服はメイド長の仕業なのだろう。
メイド長、こんなところまで私と趣味が合うとはやるな。などと変な感動を覚える。
そういった外見の印象を総合すると、正直なところ、こう表現しなくてはならない。
ナイスミドル。
ナイスミドルだ。
いわゆる『おっさん』でも『おじさん』でもない。
『おじ様』だ。
ヒルデガルトが、最低だとかどうとか文句を言いながらも、『叔父様』と呼んでいたのは、姪だからではなくて、おじ様力が領主様にあったからに違いない。
おじ様パワーでもいい。
同じことだけれど。
ともかく領主様は、何となく予想もしていなかったというか、予想に反してというか、素敵な中年男性なのだった。
具体的な想像をした覚えはないの。
けれど何故か私は、『お腹が出ている感じの油ギッシュな人じゃなかったのか』と思っていた。
いや、人間、外見じゃない。
外見じゃないのだけれど、経験に基づく偏ったイメージを持ってしまうことは、たまにあることなのだ。と、自分で自分に言い訳をしておく。
まあ、どういうところからそんな偏ったイメージを領主様に持っていたのか、なんてことはあえて言うまい。
口にしない方がいいことは、いくらでもあることだ。
ヒルデガルトが不貞腐れた顔で一歩後ずさったので、私はこういう場合は仕方ないと、なだめる気持ちでもって彼女に僅かながら視線を送り、あらためて領主様に向き直った。
ヒルデガルトを蔑ろにするつもりもないが、この場で領主様を無視していられるわけがない。
目が合ったので、小さく微笑みながら頭を下げてみる。
どういった作法が必要なのかは知らないのだから、仕方がない。どうもどうも、なんて挨拶をするのも違うだろう。
何より、私にはまだ名乗るべき名前もないのだ。
領主相手に小さく頭を下げるだけだなんて、と眉をひそめられたり、嫌な顔をされたりするかとも思ったが、そんなことにはならなかった。
それどころか、だ。
「これはなるほど」
領主様は大げさなくらいの笑顔を見せると、私の前に膝をついてみせたのだ。




