可愛い女の子を愛でるのも好きです
「ねえ」
コーヒーを飲み終えたヒルデガルトは、先ほどまでとは違って少しすっきりした顔をしていた。
ミルクのないコーヒーでも、彼女の心を和らがせたのであれば何よりだ。
胃の方はどうかな、荒れないといいな、なんて考えている私には気づかず、ヒルデガルトは言葉を続けていく。
「審問官には、何をされたの?」
その問いに、私はつい、小さく肩をすくめてしまった。
審問官のすることなど分かり切っている。具体的に知りたいのなら、別だろうけど、ヒルデガルトが知りたいのはそれではないだろう。
私はちらりと先生を見たが、先生は黙ったままで自分で何かを言う気はなさそうだった。
「何といっても、質問を幾つかですけど。……そういえば、聖水とやらをかけられましたね」
「聖水ですって!?」
緊張から解き放たれたゆえの疲労感と、ヒルデガルトの来室で忘れていた聖水の存在だったが、ふと思い出して口にすると、ヒルデガルトがずいぶん驚いた。
そんなに驚くようなものだったのか。
なんて思えるのは、あれをやり過ごしたからなのだろう。
「じゃあ、もう審問官や教会の目は気にしなくていいのね?」
ヒルデガルトは私を見て言ったのだが、私の反応があまりよくないことを知って、先生に視線を移した。
「……まあ、今のところは、多分」
先生の返事の歯切れが悪いのは、オレキエッテが去り際に言い残した言葉のためだろう。
あの言葉は、私が何かしでかす隙を見逃さないという宣言ともとれる。
別に何かしでかすつもりもないのだが。
「多分……、ってそんなことないでしょう? 聖水は魔なるものを許さない、選別の水だもの」
「へえ、本当にそうなんですね」
そりゃ、先生も驚いて本の山を崩すわけだ、と私は呑気にヒルデガルトの言葉を聞いた。
だが先生はあきれ顔だ。
「そう。本当にそうなんだよね。だから普通は、よほど疑わしい相手にしか使わないんだけどね。そう簡単に用意できるものでもないし」
それはつまり、この私は余程疑わしかったのかと、少し目が座ってしまった。
そんな私の心境がヒルデガルトに伝わったのかどうか、ヒルデガルトは唇を尖らせて抗議の声を上げた。
「疑わしいって何よ! 先生の説明が悪かったんじゃないの? 大体、魔なるものじゃなければ恐れる必要はないはずなんだし、使ってくれてよかったんじゃないの?」
先生は、渋い顔をした。
あの時の慌てようからいって、私が聖水にそれらしい反応を示すかもしれないと考えていたのは、明らかだ。
一方、私が生まれ変わりの人間の魂を宿しているホムンクルスだと信じるなら、ヒルデガルトのように慌てる必要はないというわけか。
ヒルデガルトは、私が魔ではないことを信じてくれているのかと思うと、感動がこみ上げてくる。
私のことを知らないなどと彼女のことは評したが、こういうところが本当に可愛いのである。
「そうですね。結局、審問官の方々も、私が聖水に対して何の反応もしなかったことで、このままこちらにお世話になることを許してくれたようですし」
ここはヒルデガルトの言ったことに同意しておくべきだろう。
彼らが望んだ結果ではなかったのだろうけれど、彼らは自分たちの信じる道具で答えを得たのだから、そう簡単には結果をひるがえせなかったわけでもあるし。
「そう……。よかった……」
私の言葉に、ヒルデガルトはほう、っと息を吐きながら呟いた。
本当に、心配してくれていたのだ。
それは分かっていたことだけれど、ただそれだけを真っ直ぐに受け止めきれないことが、申し訳なくなるような呟きだった。