苦味に届かないお年頃ってやつですね
スカートの上でぎゅっと手を握ったヒルデガルトは、きっと私が何を言うのか想像できないのだろう。
分からないし、恐れてもいるかもしれない。
私が自分の立場をそれなりに受け入れていることも、彼女にとっては理解しがたいだろう。あらかじめ領主の人形として作られたことに憤っているヒルデガルトと、その立場を拒否できない私では、そもそも色んなことの味方が違ってしまう。
もし私がいまここで、ヒルデガルトの心配はともかく領主の判断をよしとしてしまえば、彼女は自分が私にとって領主よりも取るにたらない、なんて思ってしまうかもしれない。
可愛い女の子と、まだよく知らない男性とどちらが大事かなんて判断がつくものでもないのだけれど。
まあともかく、呼び掛けたからといって、私が何を言うかなんて決めていたわけではない。
このまま沈黙の時間が続くのが耐えがたくなっただけなのだし。
「コーヒーはお好みじゃありませんでしたか?」
コーヒーを用意しておいてよかったとつくづく思う。
差し障りのない話題にはもってこいだ。
「いえ、そんなこと、ないけど……」
もっとも、ミルクが用意できなかったのだから、年若い彼女が苦手でも不思議ではない。
ヒルデガルトは、私がソーサーに乗せておいた角砂糖をコーヒーに二つとも放り込んでかき混ぜ始める。
やっぱり甘い方が好みなのかと、私はコーヒーを選んだことを後悔した。
飲みにくいものは気が進まなくても仕方がない。
一応、ヒルデガルトのカップのコーヒーはそんなに苦みや酸味のキツイものではないはずなのだけれど。
そっとカップを口に運んだヒルデガルトは、ほんの少しコーヒーを口に含んだ。
「……美味しい……」
意外そうに呟いたので、やはりコーヒーは苦手だったのだろう。
後悔を反省に変えておく。
「お口に合いそうですか?」
「え、ええ」
私の問いに、ヒルデガルトは目元を染めて目を逸らした。
コーヒーが苦手だと知られると、子どもだと思われる。そんな反応に見えた。
「……コーヒーにも君の魔力は有効なんだろうね。料理でもしてみたら、そっちにも影響あるかもよ?」
横から口を挟んだ先生を見ると、先ほどより幾分表情がしっかりしている。
コーヒーのカフェインが作用したのだろうかとも思ったが、先生の言葉はそれだけでもないものを含んでいる。
「魔力の影響って、対象で変わるものなんですか?」
それが不思議だった。
ハーブティーに影響があるのなら、コーヒーにも作用しても不思議ではない気がするのだけれど。
「ん? あ、そうか。まだもしかして魔力研究の本はそんなに読んでないのか」
私の問いに首を傾げておきながら、一人で納得しようとする先生に向けて肩をすくめて見せた。
「生憎。魔術の方を主に読みだしてしまったので」
そうかそうかとうなづいた先生は、調子が戻ってきたのか説明を始めてくれる。
「対象で変わると言うより、魔力の大きさと方向性で変わるっていわれているね。ハーブは比較的弱い魔力でも作用しやすいんだ。もともとの薬効が存在しているからね。味への作用は、作用させられる魔女とそうでない魔女がいる。この辺りが方向性ってわけ」
「方向性、ですか」
「そう。何でもおいしく出来る魔女もいれば、味には影響のない魔女もいたり、反対に何でも不味くしてしまう魔女もいる。何がそうさせているかまでは、よく分かってないんだけどね。薬効が引き出せるのに不味くしちゃう魔女なんて、ちょっと可哀想だよね」
それは確かに可哀想だ。
うなずいているとヒルデガルトがカップをソーサーに置く音が、カチャリと小さく聞こえた。
見るとカップからコーヒーが綺麗になくなっていた。
どうやら全部飲んでくれたらしい。




