疲れているけどもうひと頑張りいたします
ヒルデガルトは、コーヒーの入ったカップを憮然とした表情で黙ったまま見つめている。
先生に向けては流暢に並べられていた不満も、私には向けにくいのか。それとも、言葉にし難いほどの感情が募っているのか。
どちらにしても、どちらでないにしても、何でもいいから誰か喋ればいいのにという、重苦しい沈黙が続く。
誰か喋ればいいとはいえ、それを私がしないのは、何を話していいか分からないからだ。
ヒルデガルトがこの、私が宿っているホムンクルスのことを気に掛けてくれているのはよく分かっている。
分かっているのだけれど。
どうしたって、それはこの体の特異性のためであって、私だからだではないと思うし、さらに言えば、この個体だからというわけでさえないと思うのだ。
半分は私の行いのせいであるということだって、分かってはいるのだけれど。
このことが、私の口を重くさせている。
心配してくれるのは嬉しいけれど、それは若さと今までにないタイプとの出会いによってもたらされているもので、そこまで真剣に訴えるものでもないのでは、なんて言えない。
心配しているのにその言いぐさは何だと返されても仕方がないようなことだ。
言えない。
言わないけど、思ってしまう。
だって、ヒルデガルトは『私』について知っているわけではない。
見た目は、まあ美少年だし、元々の作られた用途もぼんやりとかもしれないが理解しているし、私という自我があることも分かっているわけだから、心配してくれる気持ち自体は理解出来る。
それでもその心配は、この世のままならなさに対して抱くような、どこからか聞いた噂話での悲劇に憤るような、そういった類のものに近いのではないだろうか。
だって彼女は、私を知らない。
もっとも、知っていないくても抱ける感情なのかもしれないし、彼女にとっては当然の感情なのかもしれない。
だから言わない。
ちなみに先生はというと、私にとってからかいやすいところがあるせいで、ヒルデガルトよりは私の素をすでに知っているし、それを適当にあしらっている節がある。
彼は私を心配などしないだろうけど、それだけだけに、彼の私に対する思考や感情は私自身に対するものだと感じられるのだ。
ちなみに、この人物評は好き嫌いとは少し違う。
ヒルデガルトの感情の現れ方は、瑞々しい若さを感じさせて、とても可愛らしいものだ。おかげでついつい、彼女に対して彼女好みの態度を取ってしまうので悪循環なわけだけれど。
やめられないんだな、これが。
私にも問題はあるのだけれど、ヒルデガルトはヒルデガルトで、この年齢ゆえの可愛らしいわがままの出し方を心得ている気がする。
こんな言い方をすると意地悪な見方をしているような気になるけれど、そうではなくて、正直妹として可愛がれたらどんなにいいかもしれないと思っている。
もっとも私のこの外見だと、私の方が弟になってしまうのだけれど。
そんなことを考えている間にも、沈黙の時間が続いていく。
先生を見ると、ぼーっとした表情でコーヒーをすすっているだけだった。
何か言ってくれないだろうかと思ったのだけれど、期待は出来なさそうだ。
そして相変わらず、ヒルデガルトはコーヒーを睨んでいる。
「ヒルデガルト様」
仕方がないと口を開いたのは、可愛い妹だといいなあという相手のためには、こちらが折れるのが上策だと、ようやく納得出来たからだ。
年長は先に折れてやるべし。
個人的な訓戒。
なんてものでもないけれど。
ヒルデガルトは顔こそ上げはしなかったけれど、肩を揺らして私の言葉を真剣に待っているのが分かった。
こういう辺りが、可愛いのだ。




