審問官見習いの独り言2
グローセタイルング領は、クラウス侯の領地だ。
彼に関しては、教会の感知する範囲のことではないとはいえ、若干本人にとては不名誉な噂があることを知っていた。
つまり幼い男子を好むという噂だ。
そして僕、カッペッロは見習いとはいえ審問官として、それが噂ではなく事実であることも知っていた。
個人の好み程度で教会が動くことはないし、教会は別に同性で婚姻を結ぶことを禁じてもいない。
相手が幼いという点においては、独り立ちするために学び成長するべき時期を奪ってはならないとされているが、この辺りは教会の教えというよりは社会的道義としての取り扱いが大きい。
もしクラウス侯が、たとえば手当たり次第幼い子供をさらってくるような真似でもすれば、教会ではなくまず先に国が動くことになるだろう。
そこに怪しげな儀式が加わる、子どもたちの生命が脅かされる、なんていうことになれば教会も国の機関と協働するかもしれない。
けれど今は、噂の範囲として無視できるもので、そもそもクラウス侯が侯爵の地位と領地を先代侯爵から受け継いで以来、彼が寝所に誰かを召し上げたなんて話もなかった。
彼の立場は侯爵といえども、本来の後継が成人するまでの中継ぎであるということははっきりしていたし、好き勝手なことをするには国の目が届きやすい領地でもあったので、家名を潰すようなことはしないのだろうというのが、大方の受け止め方だったようだ。
その様子が少し変化したのが、クラウス侯よりホムンクルス育成の届け出がなされた時だった。
ホムンクルスというのは、錬金術師が作り上げる『生きた人形』だそうだけど、僕がそれまでに見たことはなかった。
呼吸をし、脈を打つ体でありながら、人形のように自我を持たないホムンクルスは、貴族や金持ちの人形遊びに用いられるということだった。
それは最初に聞いた時、思わず人形遊びは人形でいいじゃないかと言ってしまったが、バルバ師に苦笑された。
人形では出来ない人形遊びなのだと、その時は婉曲に言われて意味が分からなかった。
しばらくして意味が分かった時は、恥ずかしいなんてものじゃなかったのを覚えている。
ホムンクルスの育成は、教会でも、まあ、認めている。といった範囲のものだ。
人の手で生き物を作り上げるということを、どう扱うべきかについて、長く、本当に長く議論があるものでもある。
今のところ、ホムンクルスには自我が表れないため、それなら、呼吸をし脈打つ体を持つ人形ということでいいのだろう、ということになっている。
自我、つまり魂は神々の御業によって地上にもたらされたものであり、もしも魂を作り出そうとする者がいれば、それは断罪されるべきだとされている。
身体の生成が認められているのは、これが病気や怪我の治療に関わる技術との関わりが深く、どこからを禁ずるべきか議論が収まらなかったからだ。
つまり現在の判断は、一時的なものともいえる。
そんなところに、正式な届け出によって育成されていたホムンクルスが、錬金術師の意図に反して自我に目覚めたという報告がもたらされた。
クラウス侯からの報告には、自分の判断にはあまる事態であるために、教会の判断を仰ぎたいとあった。
これについて、教会はかなりの騒ぎになった。
一刻も早くそのホムンクルスを消し去るべきだという意見もあったし、一度自我に目覚めた者を何の理由もなく消していいのかという意見もあった。
もちろんのことながら、教会は殺人を禁じ、食べるのに必要な以上の動物の殺害を禁じ、害があると判断された時しか野山の獣を殺すことを許していない。
だから、自我に目覚めたホムンクルスであっても、自我があるのだからこそ、簡単に殺してしまうわけにはいかなかったのだ。
報告書にはまた、自我に目覚めたものの、その自我を持つホムンクルスは、自分が以前は人として生きていた記憶があると口にしていると書かれていた。
まれに報告のある、転生の類かもしれないと。
一方で、領主用の人形として作られたためか、人を誘惑する性質を強く帯びていて淫魔の類が宿った可能性もあるとも書かれていた。
ここに教会は一つの落としどころを見出したのだ。
つまり、単に転生した魂が宿ったのであれば判断の保留を、もし淫魔の類でも宿っているのであれば、ホムンクルスの抹消を、そして錬金術師の設計ミスであれば、相応の罰を錬金術師に与えるということだ。
ホムンクルスの記憶が本物かどうか、それを判断するには、僕の法術はうってつけだった。




