少年の未来に幸あれと願うばかりです
審問官オレキエッテが私に質問を投げかけるたびに、私の内側に触れるそれ。
それはおそらく、ほぼ確実に、心に触れる術なのだろう。
質問が必要なあたり、私の心の内が丸裸、なんてことはありえないだろうけれど。
術者は、おそらく、カッペッロ。
一番年若い彼が、術を使っているというのが不思議な気もするが、まあ、魔術の才能に年齢は関係ないのかもしれない。
私はこの心に触れる術を魔術とみなしていたが、そのみなしは取りあえずのものだ。
何故なら、私が読んだ魔術書には、心に触れる術なんてなかった。
正確には、あるはずだけれど、ない、という記述だったわけだが。
ここに来て、審問官につい数刻前まで疑問に思っていた術を使われたことが、一つの推測をもたらしてくれた。
理論上可能な術なのだけれど、ないということになっている術。
それはつまり、教会が管理しているということなのだろう。
自我を持つホムンクルスに審問官が差し向けられるのと同じ範疇のことかもしれない。
私はその、教会によって秘匿されているらしき術を体感してしまったことで、その術が可能であることも、大体のやり方も把握してしまったのだけれど。
この術に関しては、行使できるようになることを目指すのは、止めておいた方がいいだろう。
ともかく、オレキエッテによる質問は一通り終わりと告げられた。
終わりと言われたからといって、審問官はまだ目の前にいるのだから、緊張を解くわけにはいかないけれど。
と居住まいを正すために座りなおそうとしたところで、私に繋がっていた何かがするりと、来た道を辿って戻っていく。
それは何というか。
毛の流れに沿って撫でられた体を逆向きに撫でられるようであるというか。
差し込まれた針を、抜かれる時に感じる感覚。
つまり婉曲な表現をすべき感覚に繋がるそれは、接触してきた時には隠し通せたはずの、私が何かに触れられていることを、この場の人たちに知らしめてしまった。
「……んんっ、ふう……」
感触に、声がもれてしまったのだ。
二カ所から大きな音が響いて、周囲に知られたことを知った私は、急いで何もなかったかのように自分を取り繕う。
そして改めて周りを見回してみると、カッペッロの姿がなくなっていた。
まあ、おそらくはソファの向こう側にうずくまりでもしているのだろう。
正直ごめんな、少年……。なんて思ったのは、彼が年若いながらも教会に所属している身だからなのだが、さて、この教会の教義は人の世の性愛をどのように捉えているのか。
ことによっては、信仰篤いかもしれない少年の心に傷を残すかもしれない。
まあ、教義は知らないし、今この状態で、その知識を探すのも面倒なので、深く考えたりはしないのだけれど。
一方、派手な倒壊を起こして惨事になっていたのは、バルバと先生だった。
二人そろって私をしばらく見ていたが、どうやら机の上に積まれた本が、報告書類を巻き込んで雪崩を起こしたらしく、書類を整えることに必死になっている。
そして、オレキエッテ。
この人は、まあそうだろうな、と思っていた。
周囲の反応を一切どうでもいいとでもいうように、変わらぬ表情、変わらぬ姿勢、変わらぬ雰囲気を保っている。
世俗を断ち切ってでもいるのだろうか。
その、いかにもこの職務に相応しい態度を保つオレキエッテは、私が他の人たちを見終わって彼に目を戻したのを確かめて、口を開いた。
「質問は終わりですが、最後に一つ、試練を受けていただきましょう」
「試練、ですか」
あれこれと受けた質問と術に触れられたことは試練ではなかったのかと言いたい。
もっとも、私が術に気付いていることは、気付かれていないのかもしれないが。まあ、あんな反応をしておいては、それは怪しいのだけれど。
「ええ。あなたが、神々のご意志に背く存在でなければ、試練にもなりさえしないことですが」
そう言われて断れるはずがない。
そして詳細を聞くこともはばかられる。
つまり、はいと答えるしかないのだ。
うなずいた私に、オレキエッテはほほ笑んで、懐から小瓶を取り出した。
何か液体が入っているのが分かる。
「この聖水を、その身に受けていただきましょう」
それは構わないけれど、と再びうなずいたのだが、再び大きな音がしたので振り向くと、先生が動揺した顔で立ち上がっていた。




