ホムンクルスは生きた人形と同じなんて無理でした
いやあ、まずいよね。
うすうす夢ではないらしい気がしつつも、結論確定を先延ばしにしていた状況が、本当は夢なら今もう目覚めたい。
そう思っている間にも、女の子と男性の会話は続いていく。
「生きたお人形って、それならお人形の方がいいんじゃないの?」
女の子の言葉は確かにその通りな気もするが、それだと意識を朦朧とさせて閉じ込めちゃう系のお話にときめく人たちの存在が説明がつかない。私はあくまでも心の中で、その言葉に首を振る。
男性はその辺りの機微を分かっているらしい。
「そうでもないよ。指示したことを自分で出来る機能は持てているはずだし、けど自我がなければ逆らったりはしないだろう? なんていうか、完全言いなり状態ってわけ」
完全言いなり状態の美少年。素晴らしいことだけれど、それを作らせた叔父様とやらは一体何者なのだか。
私が疑問に思う一方、女の子は少しの間黙り込んでいた。
「……何だか、嫌だわ……。分かっていたけど、叔父様って最低よね」
ごくごく一般的な感想かもしれないその言葉を、女の子は吐き捨てるような口調で言った。
確かに何が目的かはっきりしないとはいえ、言いなりになる生きた人形なんてもの、望むのは最低だろう。
最低と言われる人間の対象である身として考えれば、同意せざるを得ない。
そして問題は、その最低な望みで作られた少年の体に、私の意識があるということ。
ほんと、夢なら覚めたい。
もしくは別の視点を手に入れたい。
いや、これが覚めない夢なら、別の視点をこそ手に入れたい。
「じゃあ、止めるかい?」
男性が聞くと女の子は少し間を置いて、溜息を吐いたようだった。
「正直微妙だわ。叔父様が父様から家督を預かったのは、確実に相続を私に回すだろうって思惑があったからだもの。叔父様が財産を食い潰すのなら問題だけど、私の立場も守っては下さっているわけだし……」
この女の子がどんな立場なのか想像もしていなかったが、私の想像を超えるものだったようだ。
家督だの、財産だの、お金持ちなのかやんごとなきご身分というやつなのか。
ともかくなるほどと思ったのは、この女の子にとって叔父の趣味は理解しがたいが、少年相手に人形遊びしていてくれる方が都合よくもあるということだ。
複雑な心中に違いあるまい。
だがこれで、叔父とやらの少年趣味は確定である。
いやあ、見たいなその光景。
第三者として。
「そうなるだろうね。僕からしたら大金を使わせてもらったけど、領主様からしたらお小遣いの範囲、っていうかお城にいちいち男の子を呼ぶ手間賃だったり愛妾を置く費用を考えたら、ほんと、お人形遊びの範囲だと思うよ」
男性の言葉に、女の子は小さく唸った。
「……ちなみに、いかほど?」
「このくらいかな」
どうやり取りされたのか分からないけど、この体の育成にいくら掛かったのかについては聞くことが出来なかった。
女の子は、再び唸る。
「うう、確かにお小遣いの範囲だわ。……むしろ、私のお小遣いでもやりくりすればなんとかなるじゃない」
それは大した金額じゃないということなのか、それとも男性にとっては大金なら物凄いお金持ちということなのか、どちらなのだろうか。
「あ、もしかして、私好みの男性体ホムンクルスがいたら、私の後継問題も片がついてお婿探ししなくてすむんじゃない?」
女の子がとてもいいことを思いついたという口調で言ったことを、男性はあっさりと否定する。
「無理だよ。さっき言ったようにホムンクルスには魂が宿らないし、子を成すこともない。それじゃあ女領主の夫としては、あまりに不出来だろう?」
なるほどこの体はホムンクルス、つまり人工的に作り上げられた生体、ではあるのか。
けれど魂かどうかはともかく、ここに私という自我があるのは確かなことだ。自発的な動作を行うことだってすでに出来ている。
このまま生きた人形のふりを続けていく、というのはなかなかに辛いことは想像に難くない。
これはもう、この状況が続くとして、私なりになんとかやっていくしかない。と腹をくくるしかないのではないだろうか。
不安はあるけれど、私は閉じていた目を、自分の意思で開くことを決めた。