審問官と出会うにあたっての心構えを教えてもらいました
さて、審問官がやってくるという日を迎えて、私は緊張していた。
このホムンクルスの体で目覚めて以来、それなりにずっと緊張はしていたつもりだけれど、今日の緊張感は格別だ。
どんな審問なのか。
審問の結果、私がどうなるのか。
それらがよく分からないため、緊張の上、不安もある。
先生には、もし先生が意図して魂を持つホムンクルスを作り上げたということになったら、どうなるのか聞いてみたのだが。
考えたくない、と酷く暗い顔で返されてしまった。
つまりは碌なことにはならないのだろうけど、どう、碌なことにならないのかということが知りたいのだ私は。
知ったらどうにかなることではないけれど。
ともかく、審問官がやってくるということで、少しばかり周囲は慌ただしかった。
朝、今日の服を持って、メイド長が起こしに来てくれた。
審問官が来るのは昼食後だと教えてくれたのもメイド長だ。そして、時間があるから風呂に入るかと尋ねられたのだけれど、どうせなら全て終わってから、ゆっくりしたいと思って入浴は断った。
メイド長が渡してくれた服は、昨日着た二着に比べて、ずいぶんシンプルなものだった。
白いシャツ、黒い半ズボンにサスペンダー。黒い靴下に靴下止めも黒。
目覚めて最初に着せてもらった服のようだ。
ただし、相変わらず質はいいものだ。
きっと、今日の出来事を考えて、華美な物はやめておいたのだろう。流石メイド長。
微笑んで礼を伝えると、メイド長もまた、微笑んで返してくれた。
もうこの容姿の威力に慣れたのかと思ったけれど、目元は相変わらず赤く染まっていたので、単にメイド長も緊張していたのかもしれない。
審問官というのは、教会の人間なので、いわゆる国家権力とはちょっと違う位置づけなのだそうだ。
例えば、国王が正当な手順を踏んで定めた法であっても、正々堂々どころか明らかな難癖をつけることも許されるのだとか。
元々、このホムンクルスの体を作るにあたって、教会に届け出てはいたとはいえ、それは普通の自我のないホムンクルスを育成するというもので、私のようなイレギュラーに対して教会がどう出て来るかは分からないわけだ。
何せ、前例がないらしいし。
「ご迷惑をおかけします」
つい口に出たそれは、まさしく私の本心だった。
私がそうしようと思ってこの体に宿っているかどうかは分からないが、この体の現在の自我として、ちょっとは責任を感じないわけにいかない。
けれどメイド長は、「いえいえ」と首を振ってくれた。
「あなたに責任があることではないでしょうから。それよりも、審問官の方々が来られたら、落ち着いて本心で受け答えなさってくださいね」
それは単に私が審問官と会う際に、落ち着いていられるようにという気配りの言葉とも取れた。なのに、私には妙に意味深に聞こえたのだ。
「落ち着いて、本心で、ですか」
「ええ」
聞き返すと、メイド長は深くうなずいたので、それは何か意味があることなのだろう。それを聞こうとしたところで、メイド長は退出の姿勢を見せた。
「わたくしからは、これ以上お伝えするべきではないでしょうし、詳しく知っていればいいというものでもありませんから」
そう言われてしまうと、深追いは出来なかった。
「あとでまたすぐ、朝食を下の部屋にお持ちしますね」
今日の朝食も期待していいだろうという笑顔で、部屋を出て行くメイド長を見送るしかない。
「落ち着いて、本心で、ねえ……」
そういえば、嘘に関わるような魔術もあった気がするな、とぼんやりと思い出して呟いた。