日々を過ごすには目的も必要なわけです
先生は私を抱えたままぐっすり眠ってしまったところで、私はその膝から下りた。
背もたれに寄りかかり切って、頭は後方へ倒れ込んでしまっている先生の姿は、どう見ても楽な姿勢ではないだろう。
それでも簡単に起きそうにはないあたり、眠りの深さが分かる。
試しに突いてみたり、体勢があまりにも辛そうなので横にならせたりしてみたが、その間も先生は起きなかった。
なかなか使える術のような気がしてきた。
魔術について書かれた本を読んでいると、他にも色んな、攻撃に使えるものもあればどこかに忍び込むような目的に使えるものもある。けれど私にしてみると、この対象を眠らせる術一つあれば、かなりの場面で役に立つ気がしてくる。
そのせいでつい、魔術習得への意欲が半減してしまった。
そんな自分の現状について気が付いて、いけないと頭を振った。
一番身に付けたかった術が簡単に習得出来たからといって、油断してはいけないはずだ。
単純に先生が術に対して油断していただけかもしれないし、先生個人のかかりやすさかもしれない。
それに、こうして間近で術を使うことが出来たからかもしれないし、もっと人が多い場所だったら難しかったかもしれない。
そうだ、もし一度に大勢の人間に対して術をかけなくてはいけないような状況になったら、なんてことも想定しておいた方がいいのではないだろうか。
そう、そうだ。
逃げなくてはいけない相手が常に一人とは限らない。
逃げることを考えて魔術を習得するというのが、正しい目的といっていいのかどうか分からない。が、この外見のことを考えると無暗に敵対するよりは、やっぱり逃げるのが正しいだろう。
そう考えると、睡眠の術をさらに向上させていくのが第一。それからあとは、とテーブルの上の本を手に取りページをめくる。
目くらまし、幻惑、この辺りは使えそうだ。
さらにページをめくると、記憶操作の術が目に入った。
は、とひらめく。
記憶操作があれば、場合によっては私と出会った記憶そのものを消すことが出来るのではないだろうか。
睡眠に続いてはこの辺りを身に付けるのがいいか。
再び盛り上がって来た魔術習得意欲に、よしよし、と自分で自分にうなずく。
私にとって、当座の目的というのは、実はかなり大事なものだと思うのだ。
何せ、自分にとって自由があるのかどうかも不明な状況で、突然外見十才からの人生スタートな上に、思考に関しては十才よりは少なくとも上。
それなりに大人の庇護に甘んじれる環境の本物の子どもであれば、その日その日のやるべきことをやり、時には暇に浴していても、意味のある日々だろう。
けれど、外見はともかく、自分で出来ることはそれなりにあるはずなのに、期待されているのは人形であること。つまり自分の意思は関係ない状況で、自分なりに時間を過ごしていく理由がないというのは、かなり辛い。
心と体は元気なつもりなのに、自分の意思ではなく、狭い範囲に囲われ、人の意思にばかり従わなくてはならないなんて、嫌だろう。
その状況を避けるために出来ることはしていきたいと思っているし、先生に伝えた『自由恋愛なら領主との関係もやぶさかではない』というのもその布石ではある。
けれどどこまで私に自由が保障されるかなんて、結局領主様次第。
自分なりに健やかに日々を過ごす努力はしておいた方がいいし、そのための楽しみや目標、目的はあった方がいいのだ。
いざとなったら、どこか遠くのホムンクルスでも生きていけるような場所を探すしかないが、それはそれでリスクが高い。
ま、それはまだ判断しなくてもいい話だ。
私は本を閉じ、テーブルの上を片付けることにした。
そろそろメイド長が夕食を運んで来る頃合いだからだ。
テーブルを片付けて、先生を起こしたところでちょうど夕食が運ばれてきたおかげで、先生に私が仕掛けた術について問い詰められずにすんだ。
つくづく、このメイド長にはお世話になるものだな、なんて思った。




