執事魔術っていう分類があるんじゃないかと思うくらいでした
流石執事長ともなると、主人の仮であっても所有物であろう対象に興味があるような素振りはおいそれと見せないものなのだなあと感心し、感心したまま温泉を堪能して湯から上がった。
脱衣場では、分厚いカーテンが引かれたままだったのだが、私が戻って来たことは扉の開閉で気付いたのだろう。執事長の声がかかった。
「お脱ぎになった服に代わって、バスローブと新しい服をそれぞれ用意しておりますので、まずはバスローブを羽織って、髪の手入れをさせていてだけますか?」
見ると確かに、私が脱いだ服が、きちんと畳まれた新しい服とバスローブに代わっている。
お風呂上りには確かに着替えたい派ではあるが、あの服もまだ朝から半日しか着ていないので、どうしても着替えなくてはならないと思うほどではない。洗濯物を増やすことを考えるとむしろ、引き続き同じ物を着る方がよいと思ってさえいる。
それでも、用意してくれたのだから新しいものを身に付けるつもりではあるが、なんというか、領主様というのは貴族なのだな、とこんなところで実感しつつある自分がおかしかった。
「髪の手入れですか? 自分で拭きますよ?」
バスローブを羽織り、タオルを頭に乗せながら答えると、どう頃合いを見たのか、失礼しますと声がかかってカーテンが開いた。
振り向いたところで、執事長と目が合った。
昨日、お人形ではない私に向けたものと同じ、驚きの表情に、今はほんの少しの欲情が重ねられている気がした。
私が彼のそれに気が付いたことが伝わったのかもしれない。
ゴホンッ。
と、執事長は大きく咳ばらいをし、その直後には、全くの平静さを装っていた。
見事なことだ。
「失礼いたしました。自分でお拭きになるのもいいのですが、もう少しいい方法がありますので、お任せいただけませんか?」
もう少しいい方法というと、私に思いつくのはドライヤーなのだが、周囲にそれらしいものはない。当然といえば当然だろう。
「……じゃあ、お願いします」
どんなことをされるのかよく分からないまま、だからこそそれがどんなことか興味があって、お願いすることにした。
すると、藤椅子のような、植物の茎で作ったらしい椅子に座らされた。
そしていつの間に用意していたのか、冷えた飲み物の入ったグラスが目の前のテーブルに置かれる。
「髪の毛を乾かさせていただきますので、頭に触れますが、よろしいですか?」
丁寧に尋ね、後ろに立つ執事長に対して、わずかなりとも緊張しなかったかというと、そういうわけにはいかなかった。
この初老の、職務に忠実であるらしい執事長にすら、この容姿は戸惑いとともに色を感じさせることが、つい先ほど分かったばかりだ。
流石、湯上りは大した美少年ぷりだろうと自分で想像しただけのことはある。
籐椅子に座った今は、湯の熱を赤く帯びた美少年が、まだ湯気をまとっている姿が目の前の鏡に映っている。
湯上り美少年、最高である。正直、バスローブの一つも肌蹴て、先生あたりの反応なら見てみたいところだ。
けれど私はバスローブを緩めることなく、もちろん、と執事長に返した。
決して、どうなってもいいとかそういうつもりではない。
ただ、彼が職務に忠実であることを選んだ上で言ってきたことは、信頼した方がいいだろうと思っただけのことだ。
実際、彼は私の頭と髪に触れただけだ。
だけだが、それはとてつもなく私を驚かせた。
すぐにすむので、飲み物を飲んでいてくれと言われてグラスをかたむけている間に、髪がみるみる乾いていく。
どういう仕組みか分からないが、執事長が手櫛で髪を梳くたびに、濡れて水滴をこぼしていた髪の毛が、ふわふわの軽やかさを取り戻していくのだ。
鏡越しに髪が乾いていく様子を、呆けた顔で見ていることに気付いたのだろう。
執事長もまた、鏡越しに私を見て微笑んだ。
「いかがですか? タオルで拭いて乾かすよりも、ずいぶんよい方法でしょう?」
かなりいい方法だし、もしかすると、下手なドライヤーよりも乾きがいいかもしれない。一体どうやってるのかと尋ねてみると、返事はあっさりと返された。
「ちょっとした魔術の応用でございます」
このちょっとした応用というのが、実はその後どうあがいても私には行えなかったのだけれど、それはまた別のお話。




