領主用浴室で執事と二人でいたりします
浴室と聞くと、温泉が引いてあるといったって、そう広い場所だとは思わない。
浴場なら、一度に十人、二十人くらい入れる広さでもいいかと思うが、浴室は個人用だろうという響きだ。
しかし流石、温泉を城内に引き込んでいる領主の城。
私の想像するレベルの浴室ではなかった。
脱衣場だけで、ここで寝起きしたらいいのではというくらい広い。
寝心地のよさそうなカウチもあるし、バスタオルも山と積まれているので、実際に寝起きしてもいい気がする。
よくよく見れば、確かに鏡は一か所にしかないし、脱いだ服を置いておくのも一か所だけなので、あくまで個人が使う場所なのだということは分かる。
分かるが広い。そして設備が整っている。
地下階にあたるはずだが、外からの光も取り入れられる造りになっていて、昼間である今は、明るい。
そして透明なガラスで作られている扉の向こうに見える浴室が、これまたやたら大きい。
どうやら平らな石で造られた床に、さらに掘り下げて湯船が作ってあるのだが、大の男が手足を伸ばして浮かんでも十分スペースが余る大きさだ。
ここが温泉宿なら、私はかなり思い切った支払いを覚悟してやって来たことになる。
温泉宿でもなければ、今の私にはそもそもの支払い能力もないのだけれど。
「ここ、本当に使ってもいいんですか?」
一通り見回して、私はようやく執事長の存在を思い出した。
私が声をかけるまでずっと、一歩下がったあたりで控えていたようだ。
「もちろん。遠慮は無用とのことです」
やった、とすぐに服を脱いで湯船に向かいたいところだったが、執事長がずっとそのままでいる。
これは、もう立ち去ってもらってもいいと、こちらから伝えなくてはならないということなのだろうか。
言い出しにくいことである。
「……あの、執事長さんは、ええと、どうされるんですか?」
出て行って欲しいとは言えなかった。先生には言えるだろうが、この執事長にはその場に留まるからにはそれなりの理由があるに違いないと思わせる雰囲気が備わっている。
「わたくしは、お帰りまでここで控えさせていただきますので、必要な物やご不便があれば、何なりとお申し付けになってうださい」
不便は人の目の前で裸になることなわけですが、とも言いにくい。
「はあ、……あの」
「それから、わたくしのことはコンラートとお呼びください」
それでも何とか言わなくてはと思ったのに、言い出す前に遮られてしまった。
「あ、はい。あの」
「なんでしょう?」
それでも、それでも言わなくてはと、口を開いたところで、真っ直ぐに受け止められるとこれまた言いにくくなってしまう。
言わなくては。
「……、人目のあるところで裸になるのは、ちょっと」
これで、どうか伝わって欲しい。
心の中ではよく言ったぞ私、と大絶賛しながら、執事長の反応を待つ。
「なるほど、これは配慮不足でした。しかし、あなたから離れるわけにもいきませんので、これで」
と、執事長が手にしたのは、カーテンを束ねた紐だった。
「いかがでしょうか」
紐を外すと、執事長と私の間に素早くカーテンが引かれた。
実用のためのカーテンだとは気付かなかった。
カーテンだけとはいえ、完全に仕切られている上、カーテンはずいぶん分厚く重いので、安心感は大きい。
「ええ、これなら。すみません、勝手を言いました」
「いえいえ。クラウス様にはお着替えをお手伝いさせていただくのですが、あなたの事情もお聞きしておりますので、こちらの方がよいでしょう」
事情というと、どのあたりの話だろうかと思いながら服を脱ぎ始める。
ちらちらとカーテンを見ても、ほんの僅かなりとも揺れもしない。
「もっとも、職務上、様々な人も場面も見知っていますので、多少のことで職務を外れないことはお約束出来ます。あなたにもその内ご安心いただいてわたくしどもをお使いいただければと思いますが」
そんな言葉が、裸になり浴室への扉を開いた私の背後で、カーテン越しにくぐもって聞こえた。
確かに昨夜も、彼は私がただのお人形のようなホムンクルスではないと分かったことに、僅かに表情を変えただけだった。
執事長は、流石に執事長なだけあるのかも、なんて思った。




