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私が存在しているともしかしてまずいのかもしれません

 扉の音に続いて、二人分の声が聞こえてくる。

 水槽の中から見る部屋は薄暗くて、あまりはっきりと様子は見えなかったのだけれど、扉があったらしい。

 目を閉じたまま聞こえる会話に耳を傾ける。


「なにこれ、ずいぶん暗いじゃない」

 これはどうやら女の子。

 女性、というほど成熟した響きでもないが、幼い声でもない。なかなかはっきりとした口調は、それでいてきついというわけでもない。


「悪いね。彼の育成にエネルギーを回しているから、あまり明るく出来ないんだ」

 これはおそらく男性。

 成人した雰囲気がある。少しくたびれを感じる声ではあるが、そう硬い声でもない。ほどほど若そうに思えるのだがどうだろうか。


「もう。だったらランプでも持ってくればいいのに」

 女の子はもっともなことを言う。

 だが私にしてみれば、懐中電灯ではなくてランプなのだなという辺りが気になった。

 ランプなんて、私は使ったことがないし、恐らくは両親世代も使っていなかったのではないだろうか。

 それから、育成にエネルギーを回しているという言葉。

 彼というからには、この私の意識がある体のことなのだろうけれど、水槽の中で少年を育成するなんて、私の好みを刺激してくれる話だ。

 もう少しそこのところを話してくれないだろうか。


 けれど一層近づいてくる声に、ふと気づいてしまった。自分の好みに従って状況を探っている場合ではない。

 つまり、この少年の体が、女の子の目に触れるということ。


 いや、場合によっては男性の目に触れる方がまずい可能性もあるのだが、まずい可能性がある男性が女の子を伴ってはこないだろう。


 この体を女性に、女の子にさらしていいのか。

 薄暗い、とはいえ、置かれている物の輪郭くらいは見える明るさだ。

 大人の女性なら見て喜ぶかもしれないが、いや、きっと喜ぶと個人的な確信があるが、相手はまだ年若い女の子と推定されるわけだ。

 せめて、女の子側の意思が確認できればいいのだが、確認できない状況では隠したい。

 そっと、ゆらゆらと浮かぶ体が自然にそうなりました。

 とでもいうう風を装って、両手を体の前に回していく。


 そうしている間にも、足音と声はどんどん近づいてきた。

 ああ、と女の子の声が、水槽に直接響く。

「すごい。随分綺麗な顔! 男の子って聞いていたけど、なんていうのかしら、そういうの問題じゃないっていうか。こんなの作って、アナタ、本当に叔父さまを堕落させる気?」

 声は私の目の前で発せられたようだ。水槽の中で浮かぶ私と同じ高さなのなら、並び立った時には、彼女の方が背は高いのだろう。

 目の高さが近いのなら、わざわざ下を向かれなければ、彼女の目に触れさせることをためらう部分があることに対して、多少誤魔化すことが出来る。安心は出来ないが、そちらに目線が近いよりましだ。

 

 それにしても、綺麗な顔であるのか。まだ自分の目で確かめてもいないこの顔に、満足を感じる。

 どんな綺麗な顔なのか。

 今すぐ誰か鏡を持って来てくれないだろうか。

 光の加減のせいか、内側からだったからか、水槽には自分の姿が映り込まなかったのが残念だ。

 しかも、それを作ったのは、女の子と会話をしている男。そして作らせたのは叔父様、すなわち男。

 なかなか楽しい展開になってきた。


 これが、第三者の立場なら。


 そう、正直なところ、見ていて楽しい美味しいご飯三杯シチュエーションが、自分相手におこることが嬉しいかと聞かれると、そうでもない。


 そうだろう。誰だって。

 美少年がそこにいれば、並んでいるのが金持ちだがゲスいふくよかすぎる胴回りのおっさん、なんていう場合でも設定と展開次第でどうとでも美味しくいただける。自信がある。

 だが自分がそういうおっさんを相手にするのが好きかどうかは、全然別問題なわけだ。


 どうして私は、こんな楽しめそうでいながら楽しめない状況に陥っているのか。

 なんだか悔しくなってきてしまった。


「いやあ、設計より随分、綺麗な顔になっちゃったんだよね。僕としては美少年を用意しろって言われたってどんなのが美少年か分からないから、とりあえず少年体にすることだけ意識して設計したんだけど」

 のほほんとした男性の声が、私の悔しさを押しのける。

 

 設計とは不思議なことを言う。

 この体が機械だとでもいうのだろうか。

 けれど機械だというのなら、意識したのが少年体にすることだけという意味が分からない。

 大体機械なら、水槽に浮かべないだろうし、育成なんて言わないんじゃないんだろうか。


「まあでも、こうして体を作ることは出来ても、魂までは作れないからね。自我は芽生えないし、生きた人形みたいなものだよ。お人形遊びで堕落はしないんじゃない?」


 続いた男性の言葉は、さらに私の考えをまとまらなくさせた。

 生きた体で、魂がない。

 やはり機械の体ではないのだろうけれど、どういうことだ。

 それに何より。


 自我、存在しているんですけど。


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