領主で城主の専用浴室でお風呂に入ることになりました
「入浴をご希望とうかがいました」
部屋に入って来た執事長が告げた来室理由は、それだった。
入浴を希望というか、温泉という響きにふらついたというか。
いや、一日の終わりにはお風呂に入っておきたい派なので、希望は確かにしているわけだが。
「ええと……、はい」
答えはイエスかノーで、という雰囲気を勝手に感じて、他に何か言えばいいのかもしれないと戸惑いながら、ただ肯定のみを伝える。
執事長はそれならよいのだとばかりにうなずいた。
「クラウス様より、クラウス様がお使いの浴室をお使いいただくようにとのことです。この時間なら、城の者の目に付かず移動出来ますが、お入りになりますか?」
とても丁寧な物言いに、そんなに丁寧に接してくれなくてもいいんですけどと怖気づきそうになるが、話の内容自体はとても魅力的なのだけれど。
「それは、嬉しいです。けど、クラウス様ってご領主様ですよね。そこをぼくが使わせてもらってもいいんでしょうか?」
会ったこともない、しかし現在仮にもこの体の持ち主といってもいいような相手が、領主様だ。その人の使う浴室を、使わせてもらう、というのは、大変不思議なことだし本当にいいのか戸惑う。
「クラウス様の仰せですから、不都合はございません」
まあ、それはそうかもしれないが、私自身の気おくれしている感情の問題がないではない。
温泉は嬉しいんだけれど本当に。
「それに、朝の一件についてもフェリクス様からお聞きしていますので、クラウス様のご配慮に従われるのが最良なのではないかと思いますが」
なるほど、ご存知でしたか、と少し頭を下げる。
フェリクス、つまり先生なわけだけれど、どう伝えたかは分からないものの、『他の人の目に触れる場所で風呂に入れるなんてダメ』という内容だったのだろうと想像する。
「……なんだか、すみません」
人目を引けるのも楽しければ、セクハラをこちらから仕掛けるのもそれなりに楽しいのだが、人目を避けなくてはいけないことやそのために人から配慮してもらっていることを考えると、申し訳なくもある。
先生の設計のせいでもあるのだけれど。
ついぽろりと出た言葉に、執事長は不思議そうな顔を見せた。
「あなたが謝る必要はないことですよ。ともかく、ご案内いたしましょう」
「いや、ええ、まあ、じゃあ、お願いします」
私も先生のせいだということにしておきたかったとはいえ、こうもはっきりと私の謝ることではないと言われると、それはそれで、居心地が悪い。
どうだったら満足に落ち着けるのかと聞かれても、困ることではあるのだけれど。
執事長が外に出て行くので、私も付いて歩く。
昨日、地下から上がって来て以来の、外の景色だ。
といっても、見えているのは全て城壁の内側なわけだが。
回廊を渡って、大きな建物に入って行く。居館と呼べばいいのだろうか。
「この城では温泉を使っていることは、お聞きになったようですね」
きょろきょろとあちらこちらを見回していると、執事長が話しかけて来た。沈黙したまま並んで歩くのは気づまりで、かといって話す話題も思いつかずにいたので、ありがたい。
「ええ。先生の話では、気軽に湯を使うことが出来るとか」
正直羨ましい話だ。
「ええ、その通りです。温泉が湧いているのは、領内では珍しいことではありませんので、むしろ領内では温泉を使うのが普通とお伝えする方が正しいかもしれませんが」
話を聞きながら、感嘆の声を上げる。
確かに、一か所にしか湧かないということでもないのだろう。
お茶を飲むには水から湯を沸かしたが、それには石炭を使っているところを見ると、自由に使える湯が湧いて出るというのは、かなり便利なことに違いない。
「温泉の湯と、飲み水はまた別なんですか?」
気になったので聞いてみると、執事長はちらりと私を振り向いて、ゆっくりとうなずいた。
「温泉の湯も飲めますが、味が違いますので、厨房には川から水をひいておりますね。湿度の関係もあります。温泉を使った調理法もありますので、そういったものは、また別の場所を用いたりしていますが」
なるほどなあ、と感心しつつもやや他人事のように聞いてしまうのは、実感がわかないからでもある。
そうこうしている内に、いつの間にか居館の中、綺麗な廊下を歩いていた。
「使用人用の浴場は入り口が違いますし、今通って来た場所を通るのは使用人の中でも限られていますので、人目には付きにくいでしょう」
執事長が経路を説明してくれるが、今一つ道順に自信がなかったりする。
話と景色に半分以上意識が向けられていたからだ。
そんな私の戸惑いに気付いたのかどうか、執事長は言葉を続けた。
「お一人で歩かせることはございませんので、ご安心を」
あ、はい。としか答えられずうなずく。
「さて、こちらがクラウス様の使われている浴室です」
そうして案内されたのは、浴室というより、この場所だけで暮らせるのでは、というような場所だった。




