どんな相手も眠らせてしまえば無害じゃないですか
昼食が終わると、先生はヒルデガルトの授業があると言った。
家庭教師のお仕事だ。
この部屋で行うのかと思っていたら、そうではなく、先生がヒルデガルトの勉強部屋に向かうのだそうだ。
「君はお留守番ね。この建物の中なら、自由にしていていいけど、メイド長と執事長以外が来ても扉は開けないこと」
私は分かっていると大きくうなずく。
未だに先生、ヒルデガルトに、メイド長と執事長の四人としか顔を合わせていないが、むやみやたらと人に会いたいなどとは流石に思わない。
この四人なら、まだ私がどういう存在でどういう立場なのか分かってくれているが、下手に年若い使用人に出くわしたらどういう扱いになることやら。
城の中には、領主の抱えている騎士や傭兵もいるらしく、それも出くわしたらどう扱われることやら。
分かったものではない。
ちなみに朝食の片づけ、昼食の配膳片付けとやって来たメイド長は、見事な仕事への徹しっぷりだった。
仕事は仕事、萌えは萌え。メイドの鑑だと感心した。
「置いてある本は、どれも読んでも大丈夫ですか?」
「本棚のはいいけど、机の上の物は触らないでくれ。場所が変わると困るから」
本を読むか、お茶を淹れるか、魔術を試すかして過ごすことになるだろうからと、一応本棚を漁る許可だけ得ておく。
さらに本を読んでいくことで、使える魔術も拡がるだろう。
そう、実は昼食前には、簡単な魔術をほんの少し行使することが出来るようになっていた。
小さな明かりを短時間灯す程度のことだ。
だが先生はそれも意外だったようで、『呆れた』なんて呟いていた。
蝋燭の明かりよりも頼りないその光は、けれど魔術で灯そうとすれば、それなりに魔術への理解と練習期間が必要なのだそうだ。
私にとっては、本に書いてある通りを、先生の説明の通りに行っただけなので、何の苦労もなかったのだが、出来ない人には一生かかっても出来ないのだそうだ。
とはいえ、私にとって簡単に出来たというのも、単に先生の加減のない設計で作られた体が故だろう。
自分の才能とは少し違う気がすることではあるのだが、折角自分が行えることなのだから、やれることが拡がるのなら、努力をする甲斐もあるというものだ。
というわけで、先生を見送った後、私は灯す明かりをより長く、明るくすることに励みながら、魔術の知識をさらに鮮明にさせることに集中した。
明かりを灯すのは基本。
場合によっては影をもたらすことも出来るし、地水火水に働きかけ、熟達すればそれらを発現させることも出来るし、天候に作用することも可能だ。
使い方によっては大きな破壊力を生むものもあるし、怪我や病を治すための術もある。
何から使えるようになるべきかと本のページをめくっていくと、人の精神に影響を及ぼすものの記述を見つけた。
眠らせたり、目覚めさせたり。惑わしたり、操ったり。
これが可能なら、見た目を偽ることも出来るし、いざ危ない目に合いそうな時には、相手を眠らせてしまえばいい。
先生相手では今一つ言いなりに出来ているのか分からないフェロモンよりも、こちらを身に付けておく方が、確実な気がしてきた。
とりあえず、眠らせよう。
明かりを灯す次に出来るようになりたいことを定めたところで、指先に灯していた明かりがまだ消えていないことを確かめた。
かなり長い間持たせることが出来た気がする。
それも本を読みながらなので、明かりを灯すことに掛かりきりだったわけではない。
なかなか調子がいいようだ。
魔術の基本はイメージなのだそうで、イメージを保つことと魔力の放出時間と量によって、効果が変わってくるらしい。
イメージと、魔力の扱いを複数同時に行うことが出来れば、より複雑な魔術を組み上げることも出来るし、複数の扱いが難しければ単純な術の行使しか出来ないということのようだ。
これなら色々出来ちゃうんじゃないだろうか。
うきうきしてきたところで、扉がノックされた。
「コンラートです。ご在室でしょうか?」
聞こえてきた声は、執事長のものだった。




