フェロモン実験をしてみようと思いました
私に対してちょっかいをかけたい素振りで周囲をうろちょろしている先生を綺麗に無視して、私は読書を進める。
あまり放っておくと行動が過激化するかと一応警戒をしていたが、そこまででもない。
先生は反応がある方が楽しいタイプらしい。
そこで信用しすぎてもいけないのかもしれないが、別に油断しているつもりはない。
先生より小柄でおそらく腕力もさほどない私だが、切り札に出来そうなものは、持っている。多分。
フェロモンだ。
といっても何も発情を促すこと自体が目的なわけではない。
要は行動不能に出来ればいいだけだ。
フェロモンは、発情を促すだけのものではない。実際、昆虫社会では様々な行動に影響を与えるものが見付かっている。
先生が自分のホムンクルスの設計をどう把握しているのか知らないが、意思を持ったホムンクルスがその設計をどう操るかなんて完全想定外だろう。私の行動に時々戸惑っているようだし。
けれど私は、それを操ることが可能だ。きっと。
実際に可能かどうかは、誰かを実験台にして確かめなくてはならないわけだが、まあ、先生にならいいだろう。
あとで多少のセクハラくらいは目をつむってやらんこともない。
本を読んでいる風を保ちながら、じりじりと、私は実験を始めることにした。
「先生」
少し経ってから声をかけた時、先生は私の後ろにいた。かなり近くにいたので気付いてはいたが、放っておいたのだ。
「何かな?」
ごくごく自然に先生の腕が私の前に回される。
体勢を想像するに、先生はソファの後ろで膝立ちになっているのではないだろうか。
声をかけた時に動く気配がなかったので、ずっとそうしていたのだろうか。
想像すると負けな気がするので、少し頭を振って余計なことを考えないことにした。
声をかけたのは実験の結果が知りたかったからだ。
「一冊読み終わったところなんですけど……、先生は喉が渇いていないですか?」
一冊読み終わったのは本当。ちなみに私は喉が渇いているのでお茶が飲みたくなってきたところだ。
後ろにいるだろう先生の顔に目を向けようとして首を回すと、ものすごく近くに先生の顔があった。
近すぎてかえってよく見えない。
「ああ、そうだね。そろそろ一服してもいいね」
先生が仕事なり何なりとそれらしいことをしていた様子は一切なかったのだけれど、何を一服するというのか。
まあいい。
「ぼく、喉が渇きました」
私からは先生の顔はよく見えないのだが、後ろから覗き込んでいる先生からは、私の顔がそれなりに見えているだろう。
いかにも、お茶を淹れてきますね、と続けそうな口調のつもりで言ったところで、先生が勢いよく立ち上がる。
「わかった、何か淹れてくるよ。飲みたいものがあるかな」
私はにこりと笑ってお任せしますと答えた。
実験は成功している気がする。
けれどこれだけでは確証がない。
何の実験をしているかというと、先生を言いなりにさせられるかどうかだ。
つまりそれを目的にフェロモンが出せないかと目論んでいたわけなのだけれど、出ているのだろうかどうなのだろうか。
お茶くらいなら、先生も自分から淹れてくれるかもしれないので、もう少し無茶ぶりをしてみる必要があるかもしれない。
何せ発情フェロモンとは違って、見るからに明らかな変化というのが今のところ感じられないのだ。
これは引き続き実験の必要があるな。




