先生は素直な人だと思いました
先生は私を、何か目的があってホムンクルスの体を乗っ取った精神体だなんて疑うが、その確率が低いことを知っているのも、先生ではないだろうか。
昨夜読んだ本によると、ホムンクルスに自我が芽生えないこと、魂を持たないこと、何者かの憑依の対象とならないことについては、かなりしつこく検証されていてそのように作り上げる方法は確立されている。
だったら私はどうなんだろなるわけだが、それを私が知るわけでもない。
「疑われる気持ちは分かりますけど、一人の人間の記憶を持っているだけですよ。あと、私が出会う人出会う人の心を奪ってしまうのは、私の責任ではないと思いますが」
先生は、私の言葉に腕を組んで目を閉じた。
言われなくても分かっている、と言いたそうだ。
「……分かった。分かってるよ。でもヒルデガルトに関しては、さっき言った通りの事情だし。ほどほどにしてくれ」
それは確かに、ほどほどにしておいてあげた方がいいだろう。
けれど、どうせ領主様のもの扱いのこの体だ。彼女もその内ほどよい距離を持ってくれればいいと思う。
年齢も、見た目は離れていくわけなのだし。
「まあ、気を付けますよ。でもその内、彼女も年相応の相手を選ぶようになるでしょう」
「ん? ああ、そりゃそうか。君は外見上の年齢は変わらないからね」
そう。一度完成されたホムンクルスの見た目は変わらないのだ。
それも昨日読んだ本にしっかりと書いてあった。
だからこそ、人形として金のある人々の趣味に付き合わされるわけだ。
今のところ私の見た目は彼女の弟のような年齢だが、その内彼女の息子のような位置になっていく。
私は相手としては相応しくなくなるだろう。
「ところで一つ気になるんですが」
淫魔だの何だのと疑われ続けているので、そのことが引っかかっているのだ。
「私に何か、たとえば邪な目的があるとしたら、こんな風に二人きりでいたり、さっきみたいに私を一人にしたりするのは、まずいと思うんですけど」
疑う割にはあまりに無策なのはいかがなものか。
今のところまともに魔術を組み立てたりなんかしていないが、しようと思えば出来るはずなのだし。
すると先生は、明らかにマズイと今気が付いたらしい。いい顔で固まっている。
「…………。そう、だね。うん、でも、そう、そうだね。分かった。もう、そういう風に疑うのは止める」
そこで今すぐに隔離しようとしはしないあたりに、先生のお人よしさを感じた。
「先生って、そこそこいい家の出ですか?」
それも、貴族階級とは無縁だけど、教育が受けられてそこそこお金があるところと見たがどうだろう。
「急に何だい? いい家かと言われると悩むけど、まあ、代々学者だったり研究者だったりはするかな」
ほらね。
それも研究第一で権謀術策、出世争いには疎いタイプなのではあるまいかと勝手に想像する。
次期領主の家庭教師という座を本人がどう思っているか分からないが、そういう職に就けてよかったねと、これまた勝手なことを考えてみる。
「……今の質問、何か意味があったの?」
それはもちろん、私にとってはかなり大きい意味があったのだ。
つまり私の言葉をそのまま素直に聞いてくれて、裏があるのではと一々疑うタイプでなくてよかったということ。
実際裏も何もないのだから、疑ってくる相手には身の証しを立てる術のない私では、とても不利だ。
私が淫魔やその類ではなく、前世の記憶を持つただ人の魂であるがゆえの自我であることなど、どう証明しろというのだ。
無理。
「意味というか、何となくそう思っただけですけど」
何を思っての質問か答えるのも面倒なので、そう言っておく。
何となくそう思った、というのは別に嘘でもないからいいだろう。
「ともかく、何かしでかそうと思っているわけではありませんし、この外見の威力はなるべく意識することにしておくので、今はその程度で許してください」
「まあ、そうだね。……考えてみたら、人を誘惑するのが君の本来の仕事でもあるしね……。ごめんな、加減のない設計で……」
それを分かってくれるのなら、まあ、仕方がないということにはしておいてもいいだろう。