真面目な顔で真面目な話をしていたのにむらむらするとかどういうことですか
「君は何をするか分からないな」
先生が引き続き頭が痛いという表情で言ったのは、ヒルデガルトが部屋を去ってからだった。
私の肩で泣いていたヒルデガルトが立ち去るきっかけになったのは、メイド長が私たちの朝食を運んで来たからだ。
二人が顔を合わせて、新たに騒ぎになるかと思ったものの、そうはならなかった。
お互い相手が私の存在を知っていることを、知っていたみたいだ。
メイド長はしっかりノックをして、返事があるまでドアを開けなかったおかげで、ヒルデガルトが私にもたれていたことも、涙を浮かべていたことも知らない。
ヒルデガルトも、それをメイド長に隠したい気持ちはあったようだ。
メイド長に見られても構わない程度に態度を取り直したヒルデガルトは、彼女の朝食も整う頃だと言われて、黙ってうなずいて去って行った。
私を気に入ってくれているらしい彼女に、辛い思いをさせたことについては悔やんではいる。
かといって、そうせずに済む方法があったのかというと、難しい。
いや、そもそも私が風呂の話なんかしなければよかったのかもしれないけれど、こんな流れになるとは思ってもいなかったのだから、そこは許してくれないかな。都合がいいかもしれないけれど。
ともかく、彼女は領主となる貴族令嬢で、私は今のところただのホムンクルス。
その事実を踏まえておかなくてはならないことは、先ほどの出来事でよくよく分かった。
彼女の可愛らしさと好意に甘えるのは、私からは控えておいた方がいいわけだ。
けれど先生の言い様は、少し頭にくる。
「……そうですか?」
頭にくるが、たった一言でそれを表すのは早計だ。
一応、どういう意味か聞いててもいいだろうと、ミルクティーの入ったカップを持ち上げながら聞き返した。
ちなみに朝食は、紅茶とパンと目玉焼きにニンジンのグラッセとコンソメのようなスープ。馴染みのあるものばかりなので、ありがたい。
人間が食べようとするものというのは、基本的にはあまり変わらないのだろうか。
目玉焼きをフォークでつついていた先生が、向かい側から私を半目で疑わしそうに見ている。
「自覚がないのかい?」
あるもないもないと思うのだがと、さらにイラついた。
「結果として、色々やり過ぎというか、しないで済んだ方が良かったことをしてしまっていることは認めますし、ヒルデガルト様には申し訳なくも思います」
が。が、だ。
私は表情を引き締めると、ティーカップを置いて先生を真っ直ぐに見た。
「けれど、私の言動が人にどんな影響を与えるのか、その反応には、ぼくにも戸惑いがあります。自分がしたことがどうなるのか分からないのは、ぼく自身です」
何せこの体で目覚めてまだ一日も経っていないのだということは、繰り返し主張したいところだ。
先生の持ったフォークから、玉子の黄身がポロリと落ちた。
落ちた先が皿の上だったのでよかったが、どこに落ちていたとしても、今はそちらを見ている場合ではない。
まじまじと私の顔を見て、それから先生は盛大な溜息とともに肩を落とした。
「ああー、そりゃ、そうなんだけどさあ」
なんだその嘆き方はと思いながらも、表情を保って先生の動きを待ってみる。
先生は何度か、息を吐き出すたびに大きく肩を落として、ようやく顔を上げた。
「君の言いたいことも分かるし、でも分かっちゃうとどれも僕の責任だしね。だからせめて、そんな顔するの、やめてくれないか」
「そんな顔、ですか」
私はいたって真面目な表情しかしていないつもりなのだが。
「そう、そんな顔。まあ、どんな顔されても微妙にむらむらするんだけどね!」
してたのかよ!
声には出さなかったが驚いて立ち上がりそうになってしまった。
「……フェロモンは出ていないと思うんですが」
その辺りは朝からずっと上手くコントロール出来ているはずなのだ。
このフェロモンのコントロールに関しては、むしろ私という自我があってよかったのではと思うくらいだ。
「うん、でも、その外見だからね。表情と仕草だけで結構なんていうか、あれだから」
酷い言い様だと思う。




