女の子を泣かせてしまいました
「なんでダメなのよ」
先生に不満そうに返したのは、私ではない。ヒルデガルトだ。
私は、何だ、やっぱりダメか、と思った程度だ。それでも、ヒルデガルトが彼女専用の浴室を使わせてくれるという案は、彼女にとってはかなり真剣なものだったようだ。
先生もつい怯むような顔で、睨んでいる。
「よく考えてくれよ」
先生は、さも頭がいたい、というように右手で頭を抱えてこめかみを揉む。
「もしくは、自分の身分を振り返ってくれ」
ヒルデガルトの身分は、次期領主なわけだが、領主ということは国の一部を預かる立場だ。
この国は王国なので王がいるが、地方は各地の領主に預けられている。領主は世襲なので、実質ほぼその領主のものだが、王国全土が王のものであり各領地は王から賜っているという建前がある。
そして王から国の統治権の一部を任されているというのは、貴族という立場でもある。
らしい。
どうしても、自分の中の知識に触れるたび、『そうであるらしい』という感覚になってしまう。
今一つ、自分の確固たる知識という自信が持てない。
ともかく、そういうわけなので、ヒルデガルトは貴族のお嬢様だし、繰り返すが次期領主だ。身軽な立場ではない。
ヒルデガルトは先生が言わんとすることを理解しているのか、ぶすくれた顔をしている。
そんな顔をしても、年若さと本来の可愛さが相まって、微笑ましく見ていられるのだが。先生はそんなヒルデガルトをどう思っているのか。思っていることはさておいているのだろう、説教を続ける。
「若い侯爵令嬢が、浴室に男を連れ込んだとか、寝室に連れ込むより響きが酷いからね?」
確かに。
つい大きくうなずいてしまった。もちろん、ヒルデガルトに見られるわけにはいかないので、心の中で。
「……でも、体は子どもだし、こんな言い方したくないけど、ホムンクルスなら」
ヒルデガルトが申し訳なさそうに私をチラチラと見ている。
私の自我を認めて、領主に渡すことを反対してくれた彼女だ。私がホムンクルスであることを理由にするのは、気まずいだろう。
「大丈夫ですよ。ホムンクルスなのは事実ですから、そう言ってくださってかまいません」
慰めようと、控えめにほほ笑むと、ヒルデガルトの表情も和らぐ。
だが、先生の顔はポーズではなく本当に頭痛がしていそうなものになっていた。
「いや、うん。この場合はホムンクルスなのもまずいし、機能的には、うん、まあ、それはいいか」
機能的にはという言葉に私はひらめくものを感じた。
会話の流れからして、機能的には子どもではない、と続くのが正しいだろう。ヒルデガルトに対して誤魔化すのも分かる。
私だってヒルデガルトのいるところで詳細を聞きたくはない。
「ホムンクルスだとまずいというのは?」
ヒルデガルトが先生の誤魔化したかった話題に食いつかないように、私から質問をする。
「……あー、だって、ほら。今の領主様が領主をされているのは、ヒルダのお父上から一時的に預かって、ヒルダに受け継がせるためだろ? 反対に言うと、ヒルダがいるから、今の領主様が領主になれたわけ。跡継ぎを作る気がない人でも、跡継ぎがすでにいるからね。でもヒルダが跡継ぎを作る気がないってことになると、領の返上を求められるかもしれないよ?」
「つまり、『人形』がお気に入りだとまずいということですか」
分からないでもないけれど、私の言葉にヒルデガルトは一気に涙目になってしまう。
「そんなの! あなたはお人形じゃないもの! お気に入りなんて軽い言葉でわたしの気持ちを決めないで!」
ああ、泣き顔も可愛い。けれど流石に泣かれると慌ててしまう。
ちょっとかわいそうなことを言ってしまった自覚もある。
「ごめんなさい、ヒルデガルト様がぼくのことを気遣ってくださっているのは、分かっているつもりです。ただ、他の人たちはホムンクルスのことはただの人形と同じだと思っているでしょう?」
あくまで、その他所の人たち目線の言葉のつもりだったのだと言いながら、親指でそっとヒルデガルトの涙を拭う。
ヒルデガルトは、涙をこらえるような仕草をすると、私を見つめ、肩口に頭を寄せて来た。
「わたしの気持ち、分かってくれるならそれでいいわ」
拗ねた口調が可愛くて、背中を撫でてやると、そのまま私に抱き付いて静かになった。
私たちのそんな様子を見て、先生は大きく溜息を吐いた。




