もしや水槽の持ち主がやって来るかもしれません
最期の記憶、なんてものがある理由が分からない。
私は背筋を冷やした感覚を振り払おうと身をよじった。
水槽に浮かんだ体がゆらゆらと揺れる。
ずいぶんはっきりと感じられて、しかも覚めない、夢。
それは夢ではないのかもしれない。
けれど、それなら、私が私としての自覚を持ち続けているわけがない。はずだ。
だから、死の間際の、最期の記憶らしきものなんていうのは、ただ眠りに落ちる間際の記憶なのだ。
そう思うことにしておこう。
なんて考えながら、身をよじり続けた。
これ以上自分の状況について深く考えたくなかったからだ。
余計なことを考えたくないのなら、別のことに集中するか、ひたすら体を動かすかのどちらかがいい。
私が選んだのは、体を動かすことに集中することだったわけだ。
生憎、水槽はそう大きくはなく、両腕をひろげることは出来なかった。
片腕を横にぴんと伸ばすと、指先と反対側の方がそれぞれ水槽の端に触れる。
仕方がないので、だらりと下した両腕に勢いをつけて腰をひたすら左右にひねり続けた。
水の抵抗があるのが面白くて、いい運動にもなる。
私が体をひねるたびに、体の中心にあるものも揺れているのが分かる。初めの内はその、女性としては体験しようのない感覚に違和感があったが、だんだん慣れて来た。
しばらく続けていると、段々、これはこれでこういうものだ、と思った方がいい気がしてきた。
さらに続けて、そろそろ動きを止めても、もう余計なことを考えなくてもよさそうなくらいになってきた頃。
初めて水槽の外から音が聞こえて来た。
足音と、話声だ。
正直なところ、恐怖を感じた。
ここが部屋で、水槽なんていう人工的なものがある以上、誰かが作った施設だと考えた方がいいのは当たり前だ。
ただし、夢だと思っていれば、行きあたらない考えでもある。
夢ではないかもしれんしけれど、夢だとも思っておきたい私は、どちらであるのかという判断は放り投げることにする。先ほど思ったように、これはこういうものだと受け入れるしかないと腹をくくることにしたのだ。
とりあえず、動きを止めて、だらりと腕を下ろして、目を閉じる。
せめて私が目覚める以前の様子を真似ておこうと思ったからだ。
どんな相手か分からない以上、私がここにこうして目覚めている、というのを知られていいのかどうかも分からない。
逃げれるのならいっそ逃げてみたい気もするが、この水槽から出る方法が分からないのだから選択肢は一つしかないのだ。
それにしても、水槽に少年の体を浮かべておくなんて、同じ趣味を感じる。
いや、そうじゃない。
そうそういう問題ではないんだ。
目下気にしなくてはならないのは、そうこうしているうちに近づいて来る足音と声の主たちが、何者なのかということだ。
出来れば我が同好の士とは、私が第三者視点を持ちうる時に出会いたい。