もう銭湯や温泉には入れないのかもと思いました
そういえば朝食はどうするんだろうと思って、とりあえず先生の研究室のような部屋へ行ってみることにした。
あそこに行けば、隣の厨房でお茶を淹れることは出来る。
朝にいいハーブティーでも淹れることにしよう。
部屋を出たところで、先生もこの階に寝室があると言っていたことを思い出した。
いくつか並んでいる扉を眺めて、まだ部屋にいるのなら声をかけようかと思ってみたり、どの部屋にいるのか一々ノックして回るのは面倒かなと思ってみたりする。
少し考えて、結局そのまま一階に下りた。
もう起きて先に下りているかもしれないし、寝ていても、起こした方がいいとも限らない。
そしてあの機材と本の積み上がった部屋に入ると、そこには機材と本に埋もれながら机に突っ伏して眠っている先生の姿があった。
風邪ひくんじゃないかと思ったが、一応その背には毛布がかけてある。
近づいて机を覗き込むと、何やら文字を連ねた紙と、先生の手元に転がるペンがこぼしたインクが目に入った。
書きながら沈没、といったところか。
文字の中にホムンクルスがどうのという記述が見えた気がしたので、これ以上それを見ないことにした。
多分私のことだろうからだ。何が書かれていても、自分の立場では微妙な気持ちになるに違いない。
先生の居場所は予想外だったが、予定通りハーブティーを淹れることにする。
棚に並べてあるハーブの入った瓶を改めて眺めたが、ずいぶんと種類がそろっている。いっそ薬草と呼んでいいものもある。先生の趣味なのか実用なのか分からないが、見ているだけで楽しい。
沸かした湯をハーブの入ったティーポットに注ぎながら、両手に意識を向けてみた。
先生の設計で魔力を持っているというこの体の特性を、自覚するためだ。
昨夜読んだ本によると、ホムンクルスに魔力を持たせるにも、その量や質を変えて持たせるということが可能なのだそうだ。
たとえば、昨日の私が無意識に行ったような、ハーブの効能をより強く引き出すこととが出来るからといって、攻撃を行うような魔術を組み上げることも可能だとは限らない。
持って生まれた魔力の量、質、そして魔力をいかに上手く扱えるかによって、出来ることには個人差が出て来る。
その中で、最も個人の才能によるところが大きいのが、魔力でただ影響を与えるということ。それがハーブの効能を引き出すことであったり、薬草の扱いであったりするようだ。
後天的な知識と努力ではなく、それが出来る人を魔女と呼び、知識と努力で術式を組み上げる魔術師とは区別するのだ。
と、私に組み入れられた知識に触れて知った。
その魔力の扱いを、意識的にやってみようと思ったのが、このハーブティーだ。
といっても、両手に意識を向けることと、そうしながら『おいしくなあれ』なんて唱えることくらいしか方法は浮かばなかった。
何せ、魔女の行うこれらの行為は、本人なりのやり方として身についている場合がほとんどで、決まったやり方というのがないのだそうだ。
なら、私も私なりのやり方でやってみるしかない。
真剣にティーポットの中でハーブを蒸らし、カップに注ぐ。
湯を注いだ時からいい香りがしていたが、途端に香りは部屋中にまで広がった。強く、それでも強すぎることはなく、爽やかないい匂いだ。
飲む前に、とカップを持ってその湯気を吸いこんでいると、厨房の扉が開く音がした。
「なんだい、このいいにおい」
まだ寝ぼけた、物凄く寝ぼけた声に振り向くと、眼鏡の向こうの目がまだ閉じている先生がいた。
「おはようございます。目覚めにすっきりするお茶を淹れようと思って」
私が答えると、先生は見えているのか見えていないのか分からない目のまま近づいてきた。
「それでか。なんだか、めがさめちゃったよ。あけがたまでねてたのに」
それで、なのか?
寝ている人を起こす効果まではないんじゃないのかと思うし、先生はどう見てもまだまだ寝ぼけている。
だがまあ、せっかくなのでと、先生の分を注いであげることにした。
一口、二口と飲む間に、先生の目もだんだん開いて来る。
「……あー……」
まだ眠そうではあるが、そもそも短時間しか寝ていないのなら、寝直してくれたらいい気がする。
そう思って寝室に行くことを勧めたら、先生は首を振った。
「いや、朝食の後に領主様のところに行くから、お茶を淹れてくれて助かったよ」
ぐいっと残りのお茶を飲み干した先生は、ずいぶんすっきりした顔をしていた。
いや、我ながら本当にそんなに効果があるかどうかよく分からない気分なんだけど。まあ、美味しくは淹れられた。
もともとそこそこよく寝たからなのか、私にとっては美味しいすっきりするお茶だ。
「うーん、せっかく早く目が覚めたし、領主様に会うんだからお風呂にも入っておこうかな」
そんなことを言うものだから、つい反応してしまった。
お風呂とかあるのかと。
「お風呂!? あるんですか?」
昨日はそんなこと思いも付かなかったが、お風呂と聞けば入りたくなる。
衛生面にしてもいいものだが、あれはとにかく、気持ちがいいものだ。
「ああ、僕が入れるのは使用人用の大浴場だけどね」
「大浴場かあ、いいですね。入りたいなあ」
連れて行ってくれないかな、というつもりで気軽に口にした言葉に、先生は私をじっと見つめた。ハーブティーを飲み干した直後以上に、目が覚めている感じがする。
「…………君、男湯に入っても女湯に入っても、なんていうか、風紀が乱れるんじゃないかな。ちなみに僕個人は大歓迎なんだけど、責任が取り切れない気がする」
言われて、真顔になってしまった。
ありありと、想像が出来る。気がする。
多分それは、昨日の私の夢よりも、風紀が乱れている。
仕方がなく、とりあえず先生について大浴場に行くのはやめておくことにした。この件はメイド長か執事長にお願いしたら、何とかしてくれないだろうか。




