メイド長とは分かり合える気がしています
朝日に目を開けて、ぼんやりと『ああ、エロい夢を見たもんだ』と思いながら上半身を起こした。
エロいといっても、興奮させられる要素は何一つなかったわけだが。
まあ、この自分の外見が他者視点で見れたのはよかったとしておこうか。
鏡で自分の姿を見るのと、他者として美少年の姿を見るのとでは、ありがたみが違うというものだ。
本格的に起きることにしようかと、ベッドに手をついたところで、何かが指に触れた。
見ると先生に借りた本だ。
結局ベッドに置いたまま一緒に寝てしまったわけだ。
借り物の本だというのに、やや乱雑に扱ってしまった。反省しながらサイドテーブルに置いておく。
一通り読めたが、どうせならもう少しじっくり読んでみるのもいいだろう。先生に返すと、またあの何が何処に積んであるのか分からない部屋の中に戻すことになるのだろうし。また読みたくなった時のために、しばらく借りておこう。
私が着替えようと昨日着ていた服に手を伸ばしたところで、扉がノックされた。
「おはようございます。もうお目覚めですか?」
てっきり先生かと思ったが、声はメイド長のものだった。
慌てて、外の太陽の位置を確認する。
見紛うことなき朝日だが、高くはないし、まあまあそろそろ起きようかという時間のような気がする。
もう起きてはいるが、私がなにを気にして慌てたかといえば、メイド長なんて立場の人間は、城の偉い人、この場合領主とヒルデガルトの世話で忙しい時間なのではないかということだ。
「ええ、おはようございます。着替えはまだですが、何かご用でしょうか?」
扉越しに答えたのは、単純に寝間着姿を人に見せることにためらいがあったからだ。
メイド長は、生活態度に厳しそうな気がするし。もっとも、人のお世話をして何十年、みたいな仕事だろうから、人のだらしない姿なんてかえってたくさん見ているのかもしれないけれど。
メイド長から返ってきた言葉に、私は驚く。
「ではちょうどよかったですね。着替えと、洗顔用の水をお持ちしましたから。中に入ってもいいでしょうか?」
私の世話をしに来てくれたということではないか。
領主やヒルデガルトの世話はしなくてもいいのか、気になる。
かといって、追い返す理由もない。
しかも着替えを持って来たと言われては仕方がないので、私は結局パジャマ姿のまま扉を開いた。
「あら、まあ」
ワゴンと一緒に入って来たメイド長は私を見て、口元を押さえた。
みっともない寝癖でもついていただろうか。
なんて思ったが、どうも少しというか、かなり様子が違う。
なんというか。必死ににやける顔を隠している感じだ。
そこで思い至る。今の私は、『寝起きで寝癖とパジャマの寝ジワがついた美少年』なのだと。つまり、無防備さがある。
それは、にやついても仕方がない。
何故だか、メイド長に親近感が湧いてきた。
「すみません、ぼく、まだこんな格好で」
これはもう、ぼくモードでいくのがいいんじゃないのかと、上着のすそをひっぱりながら気恥ずかしいふりをして言うと、メイド長は上機嫌になった。
「いいえ、いいんですよ。お世話をさせていただくために私が参りましたから。顔を洗ってベッドにお座りください。髪を梳かして着替えにしましょう」
そこまでしてもらっていいのかと、内心驚く。驚き通しだ。
「ぼく、自分で着替えられますよ?」
忙しいんじゃないのかと、遠慮する気持ちでいうと、メイド長はそれは分かっているというようにうなずいた。
「クラウス様からあなたのお世話を仰せつかりましたから。相応に、と」
相応に、といっても色んな『相応』があるだろうに、どういう意味の相応なんだと考える。考えても分からないし、それを確かめるのも怖いのだが。
私は少し考えて、意味を知ることを一旦放棄することにした。
ここでお世話される、されないを押し問答しても仕方がないだろう。お世話されておけばいい。そう思ったのだ。何も彼女から仕事を奪った挙句、領主から叱られる可能性を与える必要はない。
ワゴンの上に置かれた洗面器に張られた水で顔を洗うと、すっとタオルが渡された。
もう何の抵抗も出来ないような最高のタイミングだ。
そしてそのままベッドに誘導され、すっかり身支度を整えられた。
用意されていた服は、昨日のものより幾分華美になっていた。衿と袖が刺繍入りフリル仕様になっているのだ。
鏡を見せられて、『やだ、似合う。美少年っぷりが上がっている』と我が姿ながらときめいてしまった。
そして華やかさが増したのは服だけではなかった。
メイド長の手によってブラシをあてられ、セットされた髪は、ふわふわ感をまし、天使かと言いたくなるような雰囲気を出していた。
「いかがですか?」
いかがですかも何も、それを聞くメイド長がすでに満足いっぱいの顔をしている。
分かる。私も満足だ。
この人、私と趣味の方向が近い。
「素敵にしてくれて、ありがとうございます」
本心から、ただ純粋に言った言葉だったのだが、メイド長には悪いことをしたかもしれない。
「まぶしい……!」
そう声を上げたことに気付いたメイド長は、自分の言動に顔を真っ赤にして足早に部屋を出て行ってしまったからだ。