錬金術師の言う設計を侮っていたということですか
私が夜を過ごすために用意してもらったのは、ベッドとサイドテーブルがあるだけのシンプルな寝室だった。
ちなみに先ほどまで過ごしていた部屋には、台所以外の場所に続く扉もあって、一つを開けると廊下があり、階段があった。
寝室はその階段を上った二階にあった。
二階には他にも同じような作りの部屋が幾つかあるらしく、先生の寝室もあるのだそうだ。
「一緒の寝室ではないんですね」
セクハラついでにそれくらいはしてくるかもなんて思ったから言ったのだが、先生は滅相もないというような顔で首を素早く振った。
「やめてくれ、そこまですると、セクハラっていうか、それ以上だから」
それ以上ってなんだ、などとは聞かない。
つまり、先生が言っていることは。
「同衾ではすまないと」
「そう。だから、ほんと、嬉しいお誘いだけど、そういうこと言うのは冗談でもやめてくれ」
いや、誘ったつもりはないんだけどと、言うのも可哀想な気がして、私は単に頷いた。
他に腰掛ける場所もないので、ベッドに腰掛けると、なかなかにふかふかなベッドで、シーツも清潔そうだ。
それを言うと、メイド長が部屋を整えてくれたと答えがあった。
メイド長が、一メイドのするような仕事をしてくれたのかと思うと、あのメイド長に感謝の気持ちが湧く。
やっぱり笑顔で接したい人なのだが。
「それから、あとはこれだね」
先生が差し出したのは、夜着と三冊の分厚い本だった。
夜着はつまりパジャマだが、これものメイド長が用意してくれたのだろう。今着ている服がそのまま眠るにはきっちりした作りで苦しいので、ありがたい。
三冊の本はというと、随分使い込まれた、古い物のようだ。
背表紙に書いてある文字は、私の記憶にはないが、読むことは出来る。私の知識によると、魔術の起源に近い古文字らしい。
一冊目は『ホムンクルス』、二冊目は『ホムンクルス応用』、三冊目が『ホムンクルスと人形』で、三冊目だけ少し新しい。
ホムンクルスの設計書というよりは、作り方を扱った本に見える。
私は首をかしげて聞いた。
「設計書を、見せて欲しかったんですけど」
先生はゆっくりとうなずいて答える。
「僕が君の設計に使ったのは、この本三冊分の知識と、技術だからね。これを読めば、君の設計も理解出来るよ」
ほほう。なるほど。
と思ったのは、設計ってもっと違うものなんじゃないのか、知識と技術を、一体のホムンクルスのものとして書き出したりするんじゃないのかという思いが強くて、すぐには納得出来なかったからだ。あえて、あえてほほう、なんて思ったのだ。
「一応確認しますけど、一般的な、設計図のようのものとか、今回の設計のためのメモなんかは」
「ないね」
先生はとてもいい笑顔で言い切る。
「じゃあ、私の知識にこの三冊の本の内容は?」
「入ってないよ」
なるほど、なるほど。今度は本当に納得だ。
ただし、先生が明日にしたらと言った理由にだ。
けれど私は、今、とても自分のことが知りたかった。
私が知っている長年かけて馴染んだ自分ではない、新しい自分。
状況を理解して受け入れたような態度を取ってはいるが、それは他に選択肢がないからでもある。
たとえ他に選択肢がなくても、自分のことすらあやふやなままではいけない。
「分かりました」
私は口元に偽物の笑みを浮かべてうなずいた。
この本は、読もう。
文字が読めるのなら、本は読める。読めるのだ。
内容の理解も、私にあるという知識に触れるいい機会だ。
だが、喜々としてこの本を私に寄越した先生には、ちょっとだけ仕返しをしていいだろう。
私は本をサイドテーブルに置くと、ベッドを下りて、先生を送り出すことにした。
「読めるところまで読んでみますね。先生も、夜更かしせずに、休んでください?」
「え? ああ、うん、まあ、そうするけど」
突然追い出しにかかった私に、先生は戸惑っているようだったが、別に踏み止まろうとまではしていない。
先生の体が、扉の外に出る。
「それじゃあ、先生、おやすみなさい」
私は先生の腰に抱き付くと、そっと背筋に指を這わせた。
先生の体が硬直し、一瞬の後に勢いよく私を振り返ろうとした。
というところで、扉を締め、鍵をした。
しばらく扉の外で『え、ちょっと、ここで放置? 生殺し? 僕何かした?』なんて声が響いていたが、ずっと放っておいた。




