カテキョ錬金術師の独り言1
教え子による歴史年表の暗唱を聞き終えて、僕はゆっくりとうなずいた。
「いいよ、ここまでにしよう」
僕フェリクスの教え子であり、この地の次期領主であるヒルデガルトはほっと肩の力を抜いた。今日は年表をちゃんと覚えていたらあとは勉強を休みにしていいと言ってあったからだ。
彼女は僕が家庭教師として学問全般を教授することになっている、ただ一人の生徒だ。
同時に僕の雇い主の姪でもあるし、三食趣味の時間付住み込み可能な仕事の種でもある。
教師として勉強に関する面倒はしっかり見なくてはならないけれど、ちょっとしたわがままくらいは付き合ってあげるのも、仕事のうち。
今日は午後からの勉強の時間を使って、どうしても僕に尋ねたいことがあるというので、昨日のおさらいが出来ているのなら、と譲歩したわけだ。
「それで、聞きたいことって?」
本来の身分は彼女が上だが、まだ未成年でもあり、立場は僕の方が上。というのは彼女の叔父である領主様が彼女に言い聞かせていることだった。おかげで僕は、こんな風に気軽な口調で彼女に話しかけることが出来る。
ヒルデガルトは机の上で組んだ手を組み替えると、どう切り出そうかというように振り返り、窓の外に目をやった。
外はいい天気で、芽吹いた木の葉が光を弾いている。だがヒルデガルトの表情は浮かない。
「そうね。ちょっと、あっちに座りなおしましょう?」
そう言ってヒルデガルトは、部屋の真ん中にあるソファセットを示す。
僕は行儀悪く尻を乗せていた机から、体を引き起こした。顔を合わせたちょっとついでに、という話ではないようだ。とはいえ、それがどんな話か僕には予想がついている。
座りなおしてもしばらくの間、ヒルデガルトは黙ってテーブルの上を眺めていた。
その姿は一度心を決めながら、本当にそれでいいのかとも迷っているようで、考え込んだ表情が成人までまだ二年もある女の子とは思えない。
成人して、数多ある婚約者候補が一人の婚約者に決められる頃には、きっと美しく女領主に相応しい聡明さも兼ね備えた女性になっているだろう。
農民なら読み書きが出来ればよく、商人や職人なら計算も出来た方がいい。一地方の領主の城であっても、城仕えをするなら加えて歴史、地理、法学あたりも必要になってくる。領主となれば、工学、兵法あたりも必須だし、女領主なら薬学や医学に詳しいのもいい。専門家である必要はないけれど、あらゆることを信じて配下に任せられる判断力と知識は必要なのだ。それらを、苦労しながらも習得するために日々僕の教えについて来れている。
彼女は優秀な生徒だ。
そして、子どもを持たない叔父から、領主の座を引き継ぐこの城の後継者でもある。
彼女の叔父が領主の座に就く前は、彼女の父親が領主だった。
ヒルデガルトが成人する前に、前領主夫妻がそろって亡くなってしまったために、前領主の弟である現領主が一時的にその座を引き継いだわけだ。
ヒルデガルトが成人した後には領主の座を譲ることにして、彼が現領主となることには何の反対もなかった。
彼が、自分の子どもをもうけて、ヒルデガルトを排して我が子を跡取りにする、なんてことはあり得ないと誰もが知っていたからだ。
現領主でありヒルデガルトの叔父であるクラウス様が、自ら好んで子供を作ることはない。正確には、女性を娶ることはない。
他に跡取りがなければ、もしかしたらという可能性もあるが、ヒルデガルトという前領主の娘がいるのだから、わざわざ争いの種になるものを自分の好みを抑えてまで欲しがりはしないだろう。
彼は彼と同じ男性の、特に少年と呼ばれる年頃の相手を好く性質だからだ。
領内では若かりし日のちょっとしたあれこれのために、そこそこ彼の性質が知られてはいるものの、領主になってからは立場をわきまえた行動を取っている。
わきまえた、というのは、我が子をを差し出す代わりに領内でのよい立場をとか、あわよくば首都の学び舎や騎士団への紹介をとかいった、子どもを蔑ろにするような申し出を断るようなことだ。
権力で自分を変に正当化したりはしない。だから、領主としては、ごくごく真っ当な部類だと思う。




