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一方的なセクハラはもちろん許しませんけれど

 自分の容姿を確認した私は、鏡を覗き込んだまま考え事をしていた。

 その隙に、先生が私を膝の上に乗せていたが、それは、まあ、いい。

 金髪半ズボン美少年を膝の上に乗せている青年という姿を、第三者視点で見てみると、ややいかがわしいかもしれないが、まあいい。むしろ私は見たい側なのでいい。

 それよりも、気にしなくてはいけないことが出来てしまった。


「何考え込んでるんだい?」

 膝に乗せたことに大して反応せず、鏡を見つめ続ける私に、先生は多少拍子抜けしたようだ。可愛いリアクションが欲しかったのだろうか。

「いえ。自分のことは今まで私、と言ってきましたけど、変えた方がいいのかなと」

「ん?」

 どういうこと、と先生が首を傾げる。

「ほら、『ぼく』っていう方が、より好ましい感じがするんじゃないかと思うんですが」

 どうだろうか。

 それとも、『おれ』路線もいいだろうか。生意気毒舌少年路線、というのも、なかなか楽しそうだ。


「そんなこと?」

「大事なことですよ」

 先生は呆れた声を出したが、大事なことだ。私はくるりと背後を振り返り、そのまま膝をまたいで先生と向かい合う。

「この姿で私、だとどうしても丁寧な喋り方を崩しにくい感じになるけど、『ぼく』なら」

 そこで一度言葉を切る。ふふ、と笑って先生の肩に手を乗せた。

「無邪気な感じでしょう? 先生は、ぼくと私とどっちが好き?」


 先生の眼鏡に触れようとしたところで、私は勢いよく膝から降ろされた。

 背を向けて、膝をそろえる先生からはゼーゼーという息の音が聞こえ、冗談がきつかったかなと反省する。

 六十ほど数えてから、先生がこれまた勢いよく私を見て声を上げた。

「あ、あんまりからかわないでくれよ! いい加減僕も」

「……ごめんなさい……」

 先生が言い切る前に、うつむいて謝った。唇を尖らせて、視線を逸らして、気持ちとしては『ぼく』モードだ。


 反省したつもりの割には、心の入っていない謝罪だったが、先生は握った拳をあっさりとほどいた。

「う、うん、うん。まあ、いいよ」

 くいっと眼鏡を直して、座りなおしている。

 フェロモンなんか使わなくても、使える容姿であることだ。

「でも、その、ほんと、あんまりなことをされると、冗談に出来ないから。ね。何かあると、領主様からもヒルダからも、怒られるどころじゃない立場だから、僕。追い出されても行くとこないし」

 先生は未だに両手で眼鏡の縁を押さえながら、私を見ずにそんなことをごにょごにょと言っている。

 

 確かに、先生がこの体に手を出したともなると、ヒルダの家庭教師という立場は失うに違いない。まして領主の城の一角に住まうようなことは出来なくなるだろう。

 受け入れられるセクハラのラインは、お互いのために守った方がいいわけだ。

 私は肩をすくめて、分かりましたとうなずく。

「じゃあ、先生、次の話をしましょう。ぼくの名前と、領主様にいつお会いするのかってこと」

 すると何故か何とも言えない、嬉しそうだけれども渋そうな顔が向けられた。

「……『ぼく』でいくのか?」

 気になったところはそこだったのか。


「もちろん」

 先生の微妙な顔に対して、にっこりと笑って返す。

「だって、先生、こっちの方が反応よかったでしょ? 領主様もそうなら、今のうちに少し慣れておかないと」

 微妙な顔をさらに複雑な微妙さにして、先生はかくりと頭を落とした。

「そう……」 

 何だか声が疲れている。

「積極的で何よりだけど……、この状況、嫌じゃないの? 聞いても受け入れてもらわないと仕方がないことだけど」

 私はわずかに首をひねる。

 受け入れないことにはどうしようもないのは、確かだ。嫌かと聞かれると、あらためて私自身はどうなのか考える必要がある。

 最初は確かに、当事者よりも第三者がいいと思ったわけだし、空想の中ではなく実際の少年に手を出す大人というのはやはり忌避されるべきだと今も思う。

 けれどこの体は成長はせず、意識は成人としてあって、先生のおかげでいざとなれば一人で生きていくことが出来そうな知識もある。そういえば、魔力もあるらしい。

 だったら、この状況を楽しむ方が、お得ではないだろうか。

 例えば、そう。今なら小悪魔美少年の人生を選び取ることだって簡単なわけだし。


「そうですね。最初はちょっとどうなんだとは思いましたけど。でもまあ、先生がこんなに綺麗な顔と体に作ってくれましたし、今は楽しみですね」

 正直なところを言ってみると、先生は何故か盛大な溜息を吐いた。

「そう、そうか。そうだね。……君、確かに楽しんでるみたいだもんね……」

 先ほどからかったことが随分こたえたのかもしれない。

 ええ、その通り。とは声には出さずにおいた。


「君の名前だけど」

 と先生が口を開いたのは、私が冷えて残っているお茶を口にしたところだった。冷えても香りがいいのでそれなりに美味しい。

「領主様が決めると思うんだ。必要があれば」

「ああ、まあ、それは道理ですね」

 確かに注文して作った人形に、あらかじめ名前が付いていても、自分の呼びたい名前で呼ぶことになるだろう。

「だから、三日後までは君は名無しってことになるけど、それまでこの建物から出なければ、顔を合わせるのは僕とヒルダくらいだし、我慢してもらえるかな」

 そう言った先生の声は申し訳なさそうだった。

 多分、私の自我を認めてくれているからだろう。少年を愛でる趣味はなかったと言う割にはセクハラをしたがる人でもあるのだが、基本的にはいい人なのだろう。

「構いませんけど、それって領主様と会うのは三日後ってことですか?」

 先生は、そう、と大きく頷いた。

「体の動きとか、指示への反応具合とか、最終確認をしてからって思ってたからね」

「じゃあ、ちょうどいいですね」

「……何が?」

「先生が私をどう設計しているのかとか、魔力の使い方とか、この世界のこととか、知りたいことはたくさんありますし」

 魔力だの淫魔だのという言葉がすらすら出て来るくらいだ、私からすればファンタジーな世界であることは間違いない。ただそれを知ることだけでも楽しみだし、今はまだ設計上存在するだけの知識を改めて自分のものとして使えるようにするのも、大事だと思う。

「魔力の使い方を教えるのは、ちょっと怖いけど、ここまできたら、いっそ正しい使い方が出来るようになってもらわないといけない、か」

 先生は、私に付き合わざるを得ないことを悟って、早くも疲れた様子を見せた。とはいえ、あらかじめすべきだった調整の方向が少し変更されただけのことだ。

「わかった。三日間で出来るだけ、君に自分のことを把握してもらえるよう努めよう。僕としては、君がそれを悪用しないかだけ不安だけど」 

 失礼な話だと思うが、多分、先生が言う悪用というのはいわゆる悪事ではないだろう。

「悪用って」

 先生の膝の上に手を乗せ、内側に向かって僅かに滑らせる。

「こういうことですか?」

 途端に、先生は私を押しのけて遠ざけた。

「分かってるなら、しないでくれよ! ほんと、ほんと頼むから!」


 ラインを守るのもお互いのためと思ったものの、こちらから仕掛けるセクハラが楽しくなってきているのは、秘密だ。 

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