ようやく自分の顔が確かめられました
私の態度にヒルデガルトは可愛く頬を膨らませる。
そこでようやく先生が私の頭から突っ込んでいた鼻を離れさせた。
「まあまあ、ヒルダ。そいうのは、他の誰にも聞かれてはいけない言葉だよ。分かってるだろう?」
一人の女の子の嫉妬としてであれば、うなずいてあげても構わないのだけれど、次期領主の言葉としては、うなずいてあげられない。それを指摘した先生の言葉はとても真っ当で、ヒルデガルトも唇を尖らせながらも反論はしない。
私は極力何の影響も与えないように意識しながら、ヒルデガルトの唇を指先でつついた。
「先生の言う通りですよ。だからどうかそんな顔をしないで。顔にも変な癖ってついちゃうんですよ」
ヒルデガルトは慌てて口元を両手で押さえた。
「へ、変な癖って、わたし、変な顔してた!?」
それを見られたのであれば、恥ずかしくて到底顔を見せてなんかいられないとでもいうような態度が微笑ましい。
つい、ふふ、と笑ってしまった。
「大丈夫。あなたはとても可愛いですよ」
その言葉に、ヒルデガルトは大きく後ろに飛びのいた。ひじ掛けに背中がぶつかったのだが、幸いとても柔らかいソファなので、そう痛くはないだろう。
とはいえ、大丈夫かと私が手を伸ばすと、ヒルデガルトはぶつかった勢いのまま立ち上がった。まるで私から逃げるかのように。
「ヒルデガルト様?」
何かいけなかっただろうかと聞いても、彼女は背を向けてしまった。
「わたし、そろそろ戻らないとメイドが呼びに来ちゃうから!」
そう言い残して、扉の開閉も勢いよく部屋を出て行ってしまう。
私は伸ばした手を持ち上げたまま、その背を見送った。
何もなかったようにも振る舞えず、伸ばした手を引き戻して握ったり開いたりしてみていると、先生が笑った。
「はっきりとした返事は上げないくせに、あんなこと言っちゃ、ヒルダもたまらなかったと思うよ? 彼女はまだ恋に恋しているところだしね」
言われればその通りで、返事を踏み止まったくせに軽率なことを言ったとも思う。だがまあ、彼女に彼女自身の魅力を見損なって欲しくもなかったので、私としてはまあいいかななどとも思っている。
それよりだ。
「先生、それなりのことを言っている風ですが、ちゃっかり腰に腕が回ってるんですけど」
成人している先生の腕が、この体に回されると、ほとんど抱えられているようなものだ。なんならこのまま膝の上に引き上げられてもおかしくはない。
指摘を受けた先生は、あはは、と笑った。
「ごめんごめん、ヒルダがいなくて二人きりだと思うと、何だか、つい」
つい、か。と呆れる一方で、これまでの私のこの体への反応を思い返してみると、この程度のことは仕方ないのかと思わなくもない。私としても、まあまあ許容範囲だ。
「いいんですけど、その、そろそろこれからのことを話しておきませんか。未だに自分の顔も見ていないですし、考えてみれば、私って名前はあるんでしょうか? それだって知らないんですけど」
言いながら、そういえばと思いついて自分の前髪を引っ張ってみた。
髪の色くらいはこうすれば確かめられると思ったからだ。
見上げたそれは、溶けてしまいそうなハニーブロンドだった。この容姿への期待が高まる。
先生の鼻先が私の髪の中に突っ込まれていると思うと、正直止めて欲しくなる。一方で、眼鏡の青年がハニーブロンドの少年の頭に顔を埋めていると思うと、なかなか、いい。
いいわ。
楽しくなって足をぶらぶらさせると、先生は、仕方がないなあとぼやきながら、私に回していた腕を離し、体もようやく離してくれた。
「確かに、君が自分のことを知らないままっていうのは、危険にもほどがあるしね。鏡と、君の設計についてと、話さなくちゃいけないことはたくさんあるね。……僕も、領主様の前にどうこうっていうのは、するわけにいかないし、ち」
何やら引き出しをあちこち探りながらの言葉の後半は、私に向けた言葉では明らかになかった。何せ声の大きさがはっきり違ったのだが、私の耳には聞こえてしまっていた。
何をどうこうする気なのかは、想像もつくので、確かめる気もない。
先生が渡してくれたのは、小さな手鏡だった。
顔全体を見るのには少し離して使わないといけないような大きさだったが、この部屋に手鏡がある方が不思議なくらいなので、よしとする。
それくらい、ソファセット以外の場所は、本と何だかよく分からない機材ばかりなのだ。
さて、肝心な私の、この体の容姿だ。
体の大きさに合ったバランスの頭部。これは肩幅と比べてみれば分かる。
摘まんで見えた先っちょと同じ、蕩けるようなハニーブロンドはふわふわで、これは確かに顔を埋めたくもなるというものだ。甘い飴細工だと思って口に含みさえしてもいい。
幼いながらも凹凸のはっきりした顔は、愛らしくもある一方、成長するならフォーマルに気取ってよし、粗野に無精日毛を生やしてもよしの美形になることが約束されている。
その中で輝く瞳は南の海を思わせる水色。思わず触れて指先を浸す妄想を掻き立てる。
試しに鏡に向かって微笑んでみて、これはイカンと思った。
この顔で、この笑顔を向けられれば、年の近い女の子ならハートは鷲掴み。お姉さんなら即座に可愛がってくれ、おばさまなら恋の手ほどきを申し出られかねない。いや、むしろ、確実に申し出られる。
「ご感想は、どう?」
再び私の隣に戻っていた先生が、背後から抱きかかえるようにして聞いてきた。
「そうですね。これでフェロモン持ちなんて、正直、罪深いですね」
これは、ヒルデガルトがあんな反応をして部屋を出て行っても、仕方がない。自分の姿を見た今なら確かにそう思える。
つい正直に答えてしまった私に、先生は満足そうだった。
「うんうん。だからまあ、僕の多少のセクハラは、納得してくれるよね」
自分で言いますかセクハラと。
しかもそれを許せどころか納得なんて、責任はこっち持ちという、完璧なセクハラ野郎の発言になってしまっている。いや、納得はおかしいだろうと心でつっこむ。
けれどこの容姿を知ったせいか、この容姿を持っていることを楽しんでもいいのかななんて思ってしまった。
先生がそこまで嫌なわけではない、というのもある。
これが嫌な相手なら、あらゆる手段をもって拒否をするところではあるのだけれど。
とはいえ、そうですねなどとうなずいて、調子づかせるつもりはない。
返事は肩をすくめるにとどめた。




