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フェロモンのコントロールはまだまだ難しいようです

 本来、領主様の大人のお人形遊び用ホムンクルスだったこの少年体に、私という前世の記憶を持った自我が芽生えてしまったのは、仕方がないし、私自身いい加減受け入れなくてはならないことだ。

 美少年に作ってくれたのは、正直ありがたい。

 問題は、自我がある状態でお人形遊びの相手を務めるのは、大変だということ。けれどこの体が領主の好みに合わせてあるのなら、あとは私が領主をどう思えるかが勝負のはず。

 なので、自由恋愛を提案してみたのだ。


 けれど、ヒルデガルトはいい顔をしなかった。

「それは、それなりに理屈は通ってるけど、でも、やっぱりあなたが叔父様のものになるのは、嫌だわ。私だって、あなたとお茶したり、おしゃべりしたりしたいんだもの」

 なんて可愛らしいことを言う。


 一方、先生は私の発言に対して、またも唾を飲みこむ音を響かせた。

 今、そういう反応をするような何かがあっただろうか。

 よく分からないが、何か想像でもしたのだろうか。

 

 私はヒルデガルトに穏やかな表情を向ける。

「ありがとうございます、ヒルデガルト様。でも、これなら少なくとも、お人形のように自由がないわけではないですし、お人形ではない私を領主様が受け入れるかどうかもわからないでしょう?」

 まあむしろ、そもそも領主のために作られたホムンクルスが、それをよしとしないことに対する問題は、残っている。

 けれどヒルデガルトは嬉しそうに体を揺らした。

「じゃあ、じゃあ、私にもチャンスがあるわよね!?」


「ちょっと待った」

 ヒルデガルトの思惑を打ち砕く遮りをしたのは、先生だ。

 何やら汗ばみながらも、必死で会話の流れに入ろうとしているところを見ると、先ほどの反応からまだ立ち直っていないのだろう。

「何でしょう?」

 まだ見ぬとはいえ、この顔と体で一々こういった反応を気にしていてはもたないと、段々分かってきたので気にせず聞き返す。


 先生に顔を向けた時に、髪の毛がさらりと流れた。

 その途端、先生が息を詰まらせた。

 フェロモンはしっかりとコントロール出来ているはずなのだけれど。もっとも、一度刺激された体は容易く二度三度と反応してしまうのかもしれない。と、先生の反応を見ていて思う。

「と、とにかく! とにかくだよ!」


 先生も自分で自分の状態は分かっているのだろう、例の早口で何とか言いたいことを言おうとしている。

「自由恋愛も何も! それ、領主様が認めないことには、ダメなことなんだからね!」

「まあそうですね」

 考えていたことだと、さらりと受け止める。

 先生は、私の返事が納得いかないというように、腕を振った。

「だったら、そう簡単にいかないって、分かるだろう?」


「じゃあ、わたしが叔父様を説得するわ!」

 ヒルデガルトが先生の勢いに負けないように声を上げて言う。が、先生の返事は芳しいものではなかった。

「それこそ、無理だよ」

「何でよ」

 今度はヒルデガルトが納得いかないと言わんばかりだったが、先生の返答に彼女が口をふさいだ。悔しそうにしながら。

「この子は、領主様が大人の嗜みとして作れって仰ったものなんだよ? それを、まだ成人していないヒルダが口を出すのは、王族の結婚に君が口を挟むようなもんだよ?」

 そういうものなのかどうかはよく分からなかったが、とりあえずそれくらい発言権がないことなのだということは分かった。


「じゃあ、やっぱりこの子を叔父様に渡すしかないってことなの?」

 じわりとヒルデガルトの目に涙がにじむ。

 私はつい、その涙につられて立ち上がっていた。

「ヒルデガルト様」

 名前を呼び、テーブルを回ると、彼女の脇に膝をついた。

「私のことを気に掛けてくださって、ありがとうございます。でもどうか、心配なさらないでください」

 ね、と下から覗き込むと、彼女の涙はあふれることを止めた。


「でも、どうするの?」 

 目の縁にくっついている涙の滴をそっと、私の手で拭う。

 こうしてみると、しっかりしている女の子のようで、成人前というのは納得だ。姿かたちは私の方が幼いのだろうけれど、妹を見守っているような気持ちが湧いて来る。

「まあ、まずは私に自我があるということを、領主様にご理解いただかないといけませんけど」

「だから、それが難しいんだって」

 ヒルデガルトに向けた私の言葉にも、先生は遮る言葉をかぶせてくる。

 分からないではないけれど。

 

 先生をにらんだヒルデガルトを、まあまあ、となだめて、私は先生を振り返った。

「難しくても、説明くらいは、お願い出来るでしょう? 先生」

 おねだりするための微笑、なんてものを使ったことはないが、そのつもりで先生を見つめる。

 先生は、言葉に詰まりながら、まだ負けてやらないと必死で抵抗している。やれやれ。


 このタイミングでヒルデガルトから先生のそばに移るのは、ヒルデガルトに対して少し悪い気がしたが仕方がない。

 私は先生の座る座面の隣に膝をつくと、先生の顔と同じ高さでもう一度ほほ笑んだ。

 フェロモンが出てるといいな、と思いながら。

「ねえ、先生。お願いします。領主様のお人形として自由がない私と、自由がある私と、先生は、どっちがいいと思います?」

「そりゃ……」

 先生がごくりと唾を飲みこみ、まるで意図しておらずポロリと出た、というように答えた。

「僕も、君とこうしたり、してる方が」


「だったら、領主様に説明してくれますよね」


 よく出来ました、とにこりと笑って言えば、先生が真っ赤な、それこそ本当にゆで上がったような顔で、ソファに倒れ込んでしまった。

 もしかしてやり過ぎたのだろうか。

 不安になって振り返ると、ヒルデガルトもひじ掛けにぐったりともたれてしまっている。


 やり過ぎた。どうやらフェロモン出し過ぎた。


 対処は新鮮な空気を吸わせることしか思い浮かばない。

 その後しばらく、私はトレイを団扇代わりに、二人を扇ぎ続ける羽目になった。

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