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中身が大人である場合子どもなのか否かという話

「やっぱりダメ! ダメよ! 叔父様には渡せないわ! 叔父様には、他の子で我慢してもら……」

 勢いよく立ち上がって言ったヒルデガルトは、けれど途中で言葉を失速させ、再び座り込んだ。

「……ごめんなさい」

 誰に何を謝ったのか、私にはよく分からなかったのだが、先生には分かったようだ。

 うなずき、言葉を引き継ぐ。

「そうだね、次期領主としては、言っちゃいけない言葉だったね」


 私は首を傾げ、ヒルデガルトの言葉を反芻した。

 叔父である領主に私を渡せない、というのは何度も彼女が言っていることだ。

「他の子で我慢、はあり得ないってことですか」

 これが私の記憶にある前世、とやらであれば当然そうであってはいけないことだと承知している。ちなみに私の趣味はあくまでも空想の範囲だ。

 夢ではなく、生まれ変わったというのなら、少年を抱っこする領主様ええなあ、なんて思っている場合ではない。

 空想と現実のけじめは、つけていきたい。


 この世界ではどうなのか。一応確認をする程度の気持ちで聞くと、先生は重々しくうなずき、ヒルデガルトは気まずそうに目を逸らす。

 それらしい知識は持っているのか、私が自分の知識に触れようとしたのがわかったのだろう。先生は首を振った。

「明文化されていることじゃないから、僕が入れ込んだものには入ってないかもね」


 それはどういうことかと改めて聞くまでもなく、先生は言葉を続けた。

「まあつまり、何か法律があるわけじゃないってこと。だけど基本的には、成人前の子どもに手を出す大人は、厭悪される。嫌悪どころじゃないよ。子ども時代を奪うのは、人生を奪うのに等しいことだからね」

 先生もまた言いにくそうにしたのは、それが現領主の指向でもあるからだろう。

 そしてヒルデガルトが、私の代わりをあてがうようなことを言いかけてやめたのも、当然だ。他の誰かをなんて、彼女は言ってはいけないのだ。

 もし領主自らその指向を容認すれば領民から、他の領から、国から、大きく非難されるに違いない。


「それで、ホムンクルスなわけですね」

 魂のない、生きた人形。

 それでも唾棄する人はいるだろうけれど、自ら思考せず、動かず、成長することのない人形相手に人形遊びをするのなら、まあ、趣味として言い張れなくもない。

 むしろ隠れて子どもと遊ぶよりは、好みの姿かたちのホムンクルスを作らせる方が、よほど真っ当だし、望ましい。

「そういうこと。成長もしないし、自我がなければ本人が将来に備える必要もない」

 先生は気が重たくなる話をしたとばかりに肩を落とした。


「でも、あなたは自分で考えて、動いて、話しもするでしょう? ……叔父様の人形になんて、させられないわ」

 ヒルデガルトが顔を上げ、私の目を見て言った。

 いい子だなあと、自然と微笑みが浮かぶ。

 先ほどの、『他の子』なんて発言も、そこだけ聞けば横暴な発言だが自分で止めていた。次期領主としての器が私に分かるわけではないが、このまま成長していって欲しい。

 なんて眺めていると、ぽうっと目元が染まって視線を逸らされた。


 いつまでも慣れないほどのいい顔なのか。

 そういえば、未だに自分の顔を確かめていない。

 次から次に確認しておきたいことが出て来るので、自分でこう言っては変なのだろうけど、顔の確認くらいは後回しにしてもいい気になってしまうのだ。


「ちなみに、子どもの方が成人を望んだ場合はどうなりますか?」

 先生は、何でそんなことを聞くんだと肩を竦めた。

「どうもならないよ。大人側にその気があるなら、その子が成人した後に、あらためて気持ちを確かめる態度が望まれるけどね。子どもの気持ちを出汁に手を出すことも、当然嫌悪されるのは理解出来るだろう?」

 それは理解できる。幼い子ほど、悪い大人の見せかけの好意に騙されかねない。

 騙されれば、操られて偽物の恋を口にするかもしれない。

 それを騙されて作り上げた恋は、やはりその子の人生を悪意をもって奪うに等しい。

 けれど先の質問をしたのは、そんな規範を確認するためではなかった。

「だったら」

 私はなるべく、何の思惑もないような素振りで聞いてみた。


「子どもの中身が、大人な場合は?」


 先生もヒルデガルトも、大きく首を振って私を見る。

 まるで、一瞬フェロモンにあてられたのかと思うような仕草だった。

 おかしいな。本当に何の思惑もないように聞いたつもりだったのだけれど。

 特に、先生の態度がおかしい。


「そ、それは」

 ごくりと唾を飲みこむ音が聞こえた。

 勝手な想像だけれど、『ちょっといいかも』という言葉が続くような気がした。


 一方ヒルデガルトの方は、大人の逢引現場に出くわしたかのような顔だ。

 そわそわしながら、口を開く。

「どうする、気なの?」


 私はにこりと笑う。

「お人形遊びのお相手はごめんですけど、自由恋愛なら、まあいいかと思いまして」

 この言葉で、私は自分が少年体ホムンクルスであることを受け入れたのだと思う。


 のちに、受け入れているとはちょっと違うんじゃないかと言われたりも、するのだけれど。

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