急に真面目な顔をされると困ることもあります
塔の中に入ると、少し気が緩められる。
少し前には、入浴の件で、城に仕えている人たちの浴場を使うのは止めた方がいいという話をしたこともあったわけだけれど、こうしてみると、当然だと分かる。
誰もの好奇の目を惹き、淫蕩を誘いかねないことの厄介さ。
これが自分のことでなければ、というと非人道的な考えになってしまうのだけれど、せめて物語上のことでもあれば、楽しめるというか、何というか。
それにしても、問題になったフェロモンだってコントロール出来ていると思うのだけれど。
「難しい顔をしているが、どうかしたかな?」
いえいえ、フェロモンが、とか、男の視線が、とか言うのもどうかと思い黙って顔を上げると、当然ながらクラウス様の顔が目に入る。
普通の、普通に、どうかしたのかと尋ねているだけの、眼差し。
それは、とても不思議なことだ。
先ほどの、あの男たちの視線を思い出してみれば、なおのこと。
「……いえ」
クラウス様に対して感じたそれを、どう言い表していいのか分からず、また、それを本人に伝えるのもいいのかどうか分からず、首を振った。
「ふむ?」
私の態度をどう思ったのか、少し不思議そうにしながらも、クラウス様がそれを追求してくることはない。
いわゆる、口説かれている、という状況ではあるものの、クラウス様が私の言わないことを聞こうとすることは、ほとんどない。
それも私にとって不思議なことなのだけれど、この不思議さは私にとっても説明しやすいものの方だ。
つまり、私にとっての、不快でない距離。
その距離を、この人は常に取ってくれている。
意識してのものなのか、それとも、侯爵であり領主であるという立場からのものなのか、もともと持っているものなのか、なんてことまでは分からないけれど。
おかげでというべきか、そのせいでというべきか、私はこの人に対して、警戒心が持てないでいる。
私がこの人に提示した条件が満たされなければ、何もされない、意に反する扱いを受けることはないだろうと思えてしまうわけだ。
それがどういうことか、言葉にしてしまわなければならない時が、もし来てしまうと私は困ることになるだろう。
「ところで、あの場に連れて行ってみたことで、私は他のことを言われると思っていたんだが」
階段を上りながら、そんなことを言われた。
「他のこと、ですか」
何か私が言いそうなことがあっただろうかと思ってみるが、特に思いつくことがなく、首をひねる。
そんな私に、クラウス様は意外そうな顔を見せ、続けて悪戯を思いついたようなちょっと悪い顔で笑って見せた。
悪い顔も様になる人だなあと、のんきな感想を持った。
「なに、近場に好みの対象を置いているじゃないかとか、手元で育てているのかとか、言われるかと思っていたんだが……。もしや、近いことを思ったものの言わないことにしたんじゃないか?」
その言葉に、塔から居館に伸びる橋に出たところで吹いてきた風をくらって、全く抵抗できずによろめいてしまう
「おっと……。風に気を付けるように、とは言ってなかったか。高い場所だ、どちらにしても気を付けてくれ」
行きにも同じようなことがあった気がする。
構えていたわけでもないだろうに、クラウス様は橋の手すりにぶつかりそうだった私を、抱きよせて支えてくれていた。
「……今のは、クラウス様が変なことを言ったせいだと思いますけど」
「そうか?」
そうかではなく、そうだと思うのだけれど、そんなつもりがないような顔で笑われてしまった。
私としてはもう一言くらい、そうなのだと言っておきたかったのだけれど、すっと体を離したクラウス様が笑みを収めて視線を向けて来たので、どんな風に文句をつけようとしていたのか分からなくなってしまった。
「どちらにしても、城の中を自由に歩くようになれば言われるだろうと思っていたものでね。何せ、働き始めるには年若い子が多い城だから」
それは、子ども時代を奪うのは、その子の人生を奪うこととして、忌避されている、と先生に教えてもらったことを思い出す言葉だった。




