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中国旅行記 マンゴスチン

作者: 土車

  私はバスの車内で人間の浅ましさに呆れ返りながら、黙って狸寝入りを決め込んでいた。

 なぜ私がこんな面持ちで旅行の最終日までを迎えねばならないのか、それというのも、この旅行で一緒になったツアー客のせいだ。

 ツアー客は私を含めて十人、その大半が親子連れか、夫婦で、私ともう一人、厳い顔の初老の男性が独りで来ているという状態だった。この厳い顔の初老の男性は、とにかくよくしゃべり、取り敢えずツアー客全員に話しかけていた、私も例外なく話しかけられたが、愛想笑いと適当な相槌でもって会話を終了させていた、しかし他のツアー客はそううまくは切り抜けられなかったようで、厳い顔の初老の男性は迷惑そうな顔を浮かべているツアー客を無視して、マシンガンというよりも火炎放射器のように喋りまっくっていた。

 まあそんなに喋っているものだから、こちらが聞き耳を立てなくとも、勝手に耳に入ってくる話で、どうやら厳い顔の初老の男性は寺の住職のようで、暇だったのでこの安旅行に参加したのだそうだが、お寺のお坊さんというよりヤクザだといわれた方が説得力のある顔をしている。

 しかしこの厳い顔の坊さんが私の心を荒ませる原因を造ったのではないと先に言っておく。

 私の心を荒ませる原因を作ったのは、主に一組みのツアー客だ。そのツアー客は親子連れで、父親と娘という組み合わせで旅行に来ていた。父親は黒豚にメガネを掛けさせたような風貌で見た目五十七か八ぐらいの年齢に見える。娘はそんな父親と正反対にやせ型で黒髪のセミロングという髪型で性格がキツそうな顔をしている見た目二十五か六といったところ。

 黒豚メガネのおじさんは坊さんに対して言葉の端々に嫌味を混ぜて喋り、その娘も人を馬鹿にしたように喋るので、見ていても気持ちのいいものではない。そしてその親子に釣られてもう一組、夫婦できている客が一緒になって坊さんを馬鹿にしている。

 夫婦の夫は白髪頭で白髭を蓄えた初老の男性で、若作りしている感じが否めない。妻の方は、まるでブルドッグのような顔をした年配のおばさんといった感じだ。

 他にもツアー客はいたが他は大人しく私と同じように黙って沈黙を守っていた。

 そんな沈黙生活も今日で終わり、明日からこの鶏小屋のような場所から開放されると思うとホッとする。

 最後のお土産屋を出てバスに一目散に乗り一番後ろの左窓側の座席に座り、他のツアー客が来るのを待ちながら私は早く空港に行って母国に帰りたいと思っていた。

数分ほどしてツアー客がバスの車内に入って自分の席に着いていくが、なかなか坊さんだけ入ってこない、すると前から四列目右窓側の座席に座っている黒髪娘が窓の外を指差して。

 「うわー何か買ようるで」と汚い言葉を発している。すると黒髪娘の隣りに当然のごとく座っている、ブルドッグ顔のおばさんも一緒になって騒いでいる。

 「果物なんて買ってどうするのかしら、これから空港に行くのにねぇ。しかもあんなにたくさん買って」

 「そうだよ空港に行ったら全部没収されるんだぞ、何考えてるんだ」と黒髪娘とブルドッグ顔のおばさんの一列後ろの座席に座る、白髭を蓄えた初老の男性が便乗してそう呟く。              

それに続くように一番前の座席から三列目、左窓側に座っている黒豚メガネのおじさんも嘲笑いながら、  「全部一人で食べるんじゃないか、こんなところで買わなくても、自分の寺のお供え物でも食ってろよ。それとも皆に買ってくれてるのかな」などと小馬鹿にしている。

 全く醜いこと此の上ない会話を聞きたくもないのに聞き続けていると、坊さんが買い物を済ませてバスの中に乗込んでくる、手には果物が入っているのであろうビニール袋が下げられていた。色からして全部同じ果物のようだ。

 すると先ほどまで、坊さんのことを嘲笑い馬鹿にしていた人たちが、白々しく「何か買われたんですか」と訊いているのを見ると、腹立たしいというよりも滑稽でさえある。

 見世物小屋のようなバスの車内で厳い坊さんは、ビニール袋から果物を取り出し、黒豚メガネのおじさんに「どうぞ」と言って果物を掴んだ右手を差し出した。黒豚メガネのおじさんは一瞬驚いたような素振りを見せ、すぐに「いや結構、いりませんよ。こんな得体の知れない食べ物」と坊さんが差し出した右手を押し退けた。    

坊さんは驚いた顔をして、「知らんのか」と一言述べ、首を傾げながら、もう一度黒豚メガネのおじさんに、今度は強引に手渡した。坊さんは他のツアー客にも果物を配り、最後に私に果物を渡すと。私の座席の一つ前に座り、その果物の皮を剥き始めた。

 バスが発車し、現地ガイドに「これはなんだ」と黒豚メガネのおじさんやブルドッグ顔のおばさんが質問している。ガイドの方を見ると「これは中国では山竹といいます、甘くて美味しいですよ。皆さん是非食べてみてください」と説明していたが皆何だそれといった感じでピンと来ていない感じだ、しかし人間というのは浅はかなもので美味しいと言われれば食べてみたくなるだろう。坊さんを馬鹿にしていたツアー客たちは初めて見るマンゴスチンの皮を恐る恐る剥き始めた。ほかのツアー客たちもマンゴスチンの皮を剥きながら坊さんに果物の名前を聞いているが、坊さんが「ドラゴンフルーツ」と言いかけたので、私は「これは日本ではマンゴスチンという果物ですよ。そうですよね」と坊さんに助け舟を出した。坊さんは「ああマンゴスチンかぁ」と呟いていたので、名前を間違えて覚えていたのかと思いながら、私もマンゴスチンの皮を剥き、白いマンゴスチンの実を口に入れ絶妙な甘味と酸味を感じつつも早く帰りたいと思っていた。

 食べ終えて、マンゴスチンの渋い皮だけが残り、早くこの皮を捨ててマンゴスチンの果汁でベトベトになった手を拭きたいと思い、坊さんがマンゴスチンを買ってきた時のビニール袋を思い出し、そのビニール袋を探して周りを見回してみると、坊さんの座っている隣の座席にそのビニール袋を発見し、その中にマンゴスチンの皮を入れて、ビニール袋をゴミ袋にして。持ってきた濡れティッシュで手を拭いて、私は一息ついた。

 私は手持ち無沙汰になり、ふと他の人は食べ終えたのだろうか気になったので、周りを見てみると、大半の人が食べ終わり、残った皮の始末に困った様子だった、坊さんの方を見てみると、まだ食べ終わっていなかったので、私はマンゴスチンを御馳走してもらったお礼に、坊さんの代わりにゴミの始末と手拭き用に濡れティッシュ配って回ろうと思い、立ち上がり、ゴミ袋と化したビニール袋と濡れティッシュを手に下げて、ゆらゆら揺れるバスの車内をマンゴスチンの皮を集めつつ濡れティッシュを配りながら前の列に移動して行く、   

 すると黒髪娘がこちらに気づいて、小馬鹿にした感じで、「あはは、何か集めようるで」と馬鹿笑いしている。そう言われて私は腹立たしいのと、込み上げてくる恥ずかしさでゴミ集めと濡れティッシュ配りを途中でやめ、坊さんの席にゴミ袋と濡れティッシュを置き、私は揺れる車内のせいで車酔いした頭でもって、ふらふらと自分の座席に戻り空港までふて寝を決め込む事にした。

まったく人の善意を馬鹿にする人間がこの世にいるのかと思うと、呆れてしまうが、まあ所詮二万九千八百円の安ツアーでは、参加する人間の程度もしれていると言う事かと自分で勝手に納得し、もし次に旅行をするのならば、十万円ほど出して行くことにしたいと思ったが、一人で行くのにそんな大金を出して行っても、虚しいだけだなと思い至ったところで、バスが停車した。

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