リゼル様旅立つ
魔人族の国の一つ『眞帝国フェルカド』を統治している王、通称魔王様ことクリューガーには正妃の他に側妃が四人おり、授かった子供は十人いた。
娘ばかりが九人。正妃が長女、三女、四女の三人を産み、第二妃が次女と六女を。第三妃は五女と七女。第四妃が八女と九女を産んでいた。そして、第五妃が十人目で長男になる唯一の男子を産んだのだった。
ただ、残念ながら第五妃は長男を出産後、体調を崩してしまい回復することなくそのまま他界していた。
長男の名前はリゼルと名付けられた。姓はない。王族は国を象徴するものなので、対外的にはフェルカド姓を名乗るが、国内では名乗ることはない。あくまでも諸外国に赴いたときのみである。
名前を聞いて名だけ名乗られたらすぐに王族だと分かるだろう。
もちろん、平民にも姓があるので王族だけに適用される。平民が滅多に王族と会えるものでもないが。
話を戻そう。一人息子であるリゼルだが、フェルカドではなく他国であれば唯一の男子であるため時期国王を継ぐ者として帝王学でも叩きこまれていただろうが、フェルカドでは生まれた順に継承権が与えれる。これには妃の身分も関係しない。もしも王位継承権が欲しいのであれば誰よりも早く子を産めということになる。
そのために継承権が第十位たるリゼルに王位が巡ってくる可能性はよっぽど彼が優秀であるか、天変地異が起きて姉達が全員いなくなるか、もしくは戦争が起きて姉達ではなく自分だけが生き残るかという強運がなければ考えられないことだった。
しかし、残念ながら姉達は優秀だし、天変地異は今のところ起きる気配もなく。戦争も周辺国との付き合いも良好で平和が長く続いており、意図して起こそうとしない限り起きないものであった。
リゼルには後ろ盾となる母がいない。目立つこともない影の薄い立場であった。故に国民達ーーー貴族には軽んじられ、平民には人気がなかった。王家の子供が十人もいれば自然と国民の関心が度が低くなるせいでもある。
それでもリゼルがそんな状況を嘆かなかったのには理由がある。
一人息子にして末っ子。これに尽きる。
とにかく家族には蝶よ花よとどこぞのお姫様かと突っ込みたくなるほど大切に育てられたのだ。皆の過保護すぎる扱いは愛情を感じるには十二分であり、さらにはリゼルの愛らしさのおかげか家族以外である、侍従やメイドやら近衛兵やら一般兵達やら料理人やらと城で働く者達にも可愛がってもらっていたのだった。
リゼルは常に思っていた。自分は幸せである、と。
そんなリゼルにはやりたいことがあった。やりたいことーーーそれは旅に出ることだった。自分が生まれてから一度も外に出る機会がなかったので、なおさら国外がどんなところなのかを実際に見てみたいという願望があったからだ。
当たり前だが、王位継承順が低いため王位を継ぐ可能性が実質ないとしても、一国の王子である。他国や邪な考えを持つ者達にとっては体のいい人質となる。当然外出は禁止されていた。
だが、やはり外の世界には興味がある。
最大の理由としてーーー。
(母上が生まれた国とはどういうところなのだろうか……)
リゼルの母である第五妃ティアは魔人族ではなく、人族であった。リゼルは魔人と人のハーフとなる。
クリューガーの話によると、どうやら第五妃ティアは一人でフェルカド周辺をさまよっていたらしい。迷子のようで国に保護された。その際、人族であることが調べられ、身の安全を確保するため王宮に滞在することが許可された。
記憶が混濁していたようで、自分が何故そこにいたのか、何故人族でありながら魔人の大陸にいたのかさっぱり思い出せなかったそうだ。
名前が分かったのもティアのみ。姓にいたっては出てくる気配すらなかった。ティアの状態に同情したのが正妃以下即妃達である。
『陛下。この方はとても気の毒ですわ。即妃として後宮にお迎えできませんか?ここならば人族でも安心で過ごせることでしょう』
『そ、そうか。俺と正妃の管轄だからな。害を与える者はいないだろう。それよりいいのか?即妃が増えて』
『いいも何も……何人増えようが、それは陛下のご意向ですもの』
『……正妃がいいなら…』
この様なやり取りがあって、ティアは第五妃になったのであった。もちろん、クリューガーだって無理矢理手込めにしたわけではない。保護という名目だったから名ばかりの即妃扱いをしていた。子は沢山いたので増やす気はなかったのだ。だが、触れ合ううちに心を開いたティアが正式に妃にしてくれと懇願したのだった。
さらにティアには秘密があった。それは治癒術が使えることである。しかも、かなり強力な術まで使えるのだった。魔力も高かったらしく、魔人族にもひけをとらなかったほどだ。
だが、その魔力の高さが仇となり年々体が弱っていった。
高すぎる魔力に体が耐えられなくなったのだ。そもそも、魔人族が住む『アルファルド大陸』は人族が住まう『アイオーン大陸』よりも大気中のマナ濃度が濃い。
魔法を行使する場合、大気中にあるマナを集めて魔力に変換するという作業がある。使用したい魔法が放てるまでにひたすらマナを体内に取り込み魔力へと変換する。濃度の濃いマナではティアが取り込むには少々毒に近かったのかもしれない。強力な治癒術を持つため、乞われれば使用していたティアには避けられなかったのだろう。
魔人族には当然耐性がある。そのために人族とは違う独自の進化を遂げていたのだから。ましてや、人族にも耐性があると思われており、長らくティアの体調不良は原因不明とされていた。
原因が判明した頃にはティアは弱りすぎていて、リゼルを出産後はもはや手の施しようもなかったのだった。
結局、ティアが何者であったのか何も分からないままになってしまったのだった。
リゼルは何としてもティアのことを調べたかった。
魔人族の中でも魔力が高い者に遺伝しやすいといわれる漆黒の髪を持っていたという彼女のことを。
自分のルーツを探るということはとても興味深かった。せめてどこから来て、何者であったかくらいは知りたいと思ったのだった。
一人もやもやとして心の内をクリューガーに相談したら。
「お前の人生だ。納得できるまで頑張れ」
と、あっさり許可してくれた。
「お前ももうすぐ十二歳だからな。ちょうどいい。アイオーン大陸にある、『神帝国ゲンマ』にでも留学するか?あそこの皇帝には懇意にしてもらっているからな。人族のことを勉強してから旅に出るのもいいだろう」
「ありがとうございます。父上」
唯一の男子としてリゼルを溺愛しているクリューガーはリゼルに嫌われたくない一心で許可を出した。
これに異論を唱えたのは正妃達や姉達だった。特に長女アリアの心配は度がすぎていた。
(ああ……何てこと。可愛い、可愛い私のリゼルが留学するだなんて!父上を恨みます!)
心配のあまりアリアは。
(こうなったら、時期国王としての権力を無駄に使わせてもらうわ)
フェルカドで最強と呼ばれる四将軍を召集する。国王直轄の軍をまとめる将軍達で時期国王といえども気軽に召集できるものではないのだが、リゼルのことと切り出せば彼らはすぐにやってきた。彼らもリゼルのことが可愛いのである。とことん過保護。
アリアが口を開く。
「炎鬼バルカン・オットー、水霊エンリル・バアル、風魔マリカ・オルシュ、地精ケレオス・フォレスト。貴方達に密命を下します。リゼルが旅立ったら、密かに『リゼル見守り隊』を結成。影から護衛するのよ!」
「はっ!!」
四将軍は揃って返事。
「でも、貴方達も将軍職で忙しいでしょうから交代制ね」
「……はっ」
交代制だなんて。ずっとリゼル様を見守りたいですと皆の顔は少し曇る。リゼルは愛されているようである。
リゼルは影でこんなことになっていたとは露知らず。許可したクリューガーが妃達にシメられたことももちろん知らなかった。
そんなこんなで。旅立ちを迎えたリゼルは城中の皆に別れを告げて旅立ったのであった。
『リゼル見守り隊』の中に姉達も交代制で加わっていたりすることをリゼルは知らない。
降りかかる火の粉は降りかかる前にせっせと見守り隊が排除していたことも知らない。
順調すぎる旅路にホクホク顔だった。
リゼルの旅はまだまだ続いていくーーーーー。
読んで下さりありがとうございます。四月で投稿一周年のため、短編を連載版にしてみました。他作品の連載もありますので、更新速度は遅いです。気長にお待ちいただければと思います。宜しくお願いいたします。