1.消えた千切りキャベツの謎
皆さんはお好み焼き屋さんに「○○ちゃん」という屋号が多い理由をご存じだろうか?
あれは元々、戦争未亡人が家の土間などを利用して商売を始めたんで、そう云う名前が多いそうねん。
戦前は子供のおやつだったものが戦後の食糧事情の悪さから立派な「食事」に格上げされた訳やね。
関西では「お好み焼き定食」なんてのもある。
お好み焼きに吸い物とお新香とご飯が付いちゃったりするのだ。
が、あたしはそう云うのは少しばかり邪道やと思う。
お好み焼きは「お好み焼き」という立派な料理なのだ。
同じ理由でスパゲティーにパンが付いてくるのも、ちょっと気に掛かる。
炭水化物に炭水化物くっつけてどないすん?
あれ、何の話やった?
ああ、そうそう「お好み焼き屋」の始まり、や!
先に関西でのお好み焼き屋の始まりは「戦争未亡人」の内職ちゅう話したところやった。
けどな、うちも同じやねん。
いや、旦那生きとるやろって? 生きとるから困っとんの!
まあ、それは冗談やけど、仕事にさえ就いてくれるなら何の問題もない旦那なんや。
けどなぁ、仕事辞めてからはちょこちょこ行方不明になるかと思うと、空のクーラーボックス抱えて裏庭から入ってくるとか。
「金儲けや!」と言っては妙な窯を庭に拵えて失敗作の燻製拵えては御近所から苦情の嵐。
偶に「大漁じゃあ!」と意気込んで返って来ればクーラーボックスの中は育ちすぎたブルーギルだらけ。
犬も喰わん変なもん釣ってくるのは得意やなぁ。
こん人、なんでか、そういう処でヘマしよるんね・・・・・・
ボケ狙ろうとんか? 真剣に疑いとうなるわ。
まあ、うちも悪いんよ。
仕事でちょこっと景気が悪うなった時にな、珍しいくらいに落ち込んどったさかい、
「な~に、いざとなったら、うちがお好み焼き屋でもやって家族三人ぐらい喰わしたるさかい、好きな事しい!」
って、言うたんよねぇ・・・・・・
まさか、ホンマに会社辞めるとは思へんかった。
やっぱり本物の鬱やったんやなぁ・・・・・・
うちの実家、まあ今住んどる家やけど、ここは昔おかんが乾物の小商いをしとって、それで二階建ての内の一階部分、その半分が倉庫やったんよ。
で、昭和の戦争未亡人の如く、うちがホンマに「お好み焼き屋」を始める嵌めになってもうた。
挙げ句、おかんが付けてくれた店の名が『おかん』ってどんなネーミングセンスやねん。
ところが、や!
最初こそ腹を立てたのだが、これが不思議な事に在り来たりな『○○ちゃん』と違ってインパクトがあったのか客の入りは思ったほど悪くない。
四人掛けのテーブル席が二つにカウンター四席の小さな店が、驚くくらいに「あっさり」と黒字になった。
この街にお好み焼き屋が少ないのも良かったんかもね。
今まで住んでいた都市部から少し離れた小さな街。
田舎って程じゃあ無いけど、都会とも言えないんよねぇ。
直ぐそばに山があって川があって、小さな商店街を抜けると距離はあるけど、海までも一直線。
郊外にショッピングモール。
まあ、田舎町がベッドタウンになりかけって街なんね。
幸い小学校に上がったばかりの一人娘は転校せずに済んだ。
学校のある駅まで急行が通っていたからね。
実家が一駅ずれてたんなら転校やったんで、めんどい書類集めに走り廻らんで済んだのはほんま良かったわぁ。
けどなぁ、娘としては近所の子達との方が気が合うようで、休みの日はみんなで裏山に登って泥だらけになって帰って来る。
いずれは転校になるんかなぁ?
そんな事を考えながら、ランチタイムに向けて仕込みに入った。
「お好み焼きは、粉を焼くんやないで、キャベツを焼くんやで、粉はキャベツのつなぎやで!」
うちが『お好み焼きの師匠』と勝手に決め込んでいる「某お好み焼き屋店主」の名言だが、うちも断然にこれは正しいと信じている。
だから、うちは仕込みとなれば、まずはキャベツを刻む。
もう、これでもか! っちゅうほどに刻みまくる。
一枚当たり百グラムは使うんで、一日に三玉、四玉は当たり前やな。
粗みじん切りでガンガン行くでぇ~。
で、刻み終わったそれを冷蔵庫へ。
と、その前に出汁の様子をちょっと見ておかなくっちゃね。
火も通ったから昆布を出してたたき割った鶏の骨を放り込む。
さて、キャベツを冷蔵庫へ、
「あれ?」
なんか刻みキャベツが少のうなってへんか?
といっても厨房にいるのは私ひとりやし・・・・・・、
やや気に掛かるが、後半玉くらい刻み足しましょか。
ちゃちゃと片しちゃいましょ。
と云う訳で、今日も今日とて日は過ぎていく。
が、こうも毎日々々、おかしなことが続けばいくら鈍いあたしかて、ちょいと気味悪うなるでぇ。
何の話かって?
キャベツのみじん切りや。
気付いたあの日以来、キャベツが良く、消えるんよ。
丸ごとやあらへんで。 刻んだものが、まあ半玉くらいかな。
ちょいと目を離した隙とか、冷蔵庫に入れといたらいつの間に、やら。
な~んでか無くなる。
どないなっとん?
首を傾げすぎてもう千切れそうや、いや千切るんはキャベツであって、うちの首、ちゃうわ。
しかしなぁ、なんでキャベツ?
と、そこへ娘が帰ってきた。
今日は日曜だからいつもの如く、むーちゃんも一緒。
むーちゃんは地元の子で娘の一番の仲良し。
山がとにかく好きで、裏山のドングリがどうの、川の魚が増えただの、そう云う話を娘と楽しそうに話す。
白いフリル筋の入った茶色のリボンがよく似合う可愛らしい子なのだが、何故かアウトドア派。
娘が山好きになったのもこの子の影響や。
良く走り廻るんで、少しぽっちゃりさんだった娘も人並みには痩せた。
唯、むーちゃんが来ると何時もお風呂に一緒に入れないといけない。
ものすごく汚れて帰って来るからだ。
何時も通り風呂に二人で入って、仲良く姉妹みたいにご飯食べて、おしゃべりして、そうして日が暮れる頃になるとむーちゃんは帰って行く。
店の残り物だけど、少しお土産も持たせてやる。
しっかりお礼も言える良い子や。
遠ざかって行くむーちゃんの後ろ姿を見送りながら、
『ああいう子がいるから此処の暮らしも悪うない』
思わず呟く。
娘もそら転校したがるわなぁ。
むーちゃんと入れ替わるように旦那が帰ってきた。
こっちに来てからと云うもの、やけに元気になった。
あっちこっちの畑の手伝いで日銭を稼いでくる。
こんな生活も良いか・・・・・・
そう思いながら床に就く。
今日は珍しく夜中に目が冷めた。
どうも水分を取り過ぎたようやね。
手洗いに行き、布団に戻ろうとする。
そのとき廊下の半戸がカーテン越しに明るい事に気付き、月が出ているのがわかった。
カーテンを少し引くと見事なまでの満月だ。
「綺麗な月・・・・・・」
見入っている内に、ふと妙な事に気付いた。
独りきりの廊下で、恐る恐るだが声に出して確かめてしまう。
「・・・・・・むーちゃんって、誰や?」
あの子の本当の名前はなんて言った?
どの家の子なんや? 何で来る度に家で風呂に入るん?
いや、汚れていない時でもあたしは何故かあの子の足を拭きたがるし、実際、綺麗に拭き取ってからでないと屋内にあげない。
今日、お土産に渡した物は何だった?
いや、そもそも、あの子、いつからの知り合いやねん・・・・・・
誰かに呼ばれた気がして半戸を開く。
月に照らされて、むーちゃんが立っていた。
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翌日、旦那と一緒に裏山に登る。
「なんでお前が山に?」
と、不思議な顔をされたが、「いいから!」の一言で押し切った。
目的の場所に着く。
古いお堂だ。
下を覗くと、居た! 狸だ。
「何で、こんな所に?」
と旦那は驚くが、ケージを出して貰う。
暴れる事もなく素直に旦那が伸ばした手に身を預けている。
「軍手二枚重ねにしなくても良かったな。おとなしいもんや?」
と、旦那は不思議な顔。
右前足が折れて、酷く曲がっていた。
旦那は柔道経験者なので骨が継げるか、と期待したが、
「あれは、直後だけ! こう時間が過ぎると逆に危険だから、医者に任せるべきだな」
と云う事で獣医に連れていく。
見慣れたリボンの様に白い線が入った特徴のある耳をした子狸が一匹、静かに母親が車に乗せられるのを見て、茂みに隠れてゆく。
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週末になり、やはりむーちゃんは遊びに来る。
てとてと、と云う感じで足音も立てずに私に近付くと、
「おかあさん、元気になってます。 ありがとうございます」
そう言って、また娘と遊び始める。
何故忘れていたのだろうか。
このお好み焼き屋が、あっさりと黒字になった訳を。
裏庭に狸が親子で訪れ、キャベツを食べて帰って行く。
それが話題になって客が集まるようになったのだ。
むーちゃん、ごめんね。 あんた達の事忘れてて、さ。
ずっと私がお土産に渡したみじん切りのキャベツでお母さん、なんとか生きながらえてたんだねぇ。
でも、もう大丈夫。
だからね。 あの晩のお詫びのキャベツ、どの畑から盗んできたのか、そろそろ教えてくれても良いんじゃないの?
流石に包丁入れるのに戸惑ってまうわ。
原案プロット、及び関西弁指導を「くまくるの様」にお世話になりました。
ありがとうございました。