クリスマス・アリア
今年ももう終わりですね―。
『 寒風吹く灰色の空の下。サンタの格好をした男が一人、お菓子屋の看板を片手に立っていた。
「うぅ、寒っ。あー、ケーキ! クリスマスケーキは如何ですか―!」
芯まで冷える空気を振り払うように、大きく声を張り上げる。クリスマスイブの日に恋人もいない以上、一人虚しく家にいる訳にも行かない。
男は大学生だった。コンビニのバイトで食うを繋ぐはできるが、それだけでは財布は膨れない。なのでこうして割のいいバイトをしている訳だが。
「それにしても……どこもかしこもカップルばっかかよ。あ~あ、彼女ほし~な~」
などとボヤいてみても現実は変わらない。虚しい望みは白い息とともに吐き捨て、彼は唯一人のケーキ売りに戻った。
声を上げ、客を呼び、ある時は家族連れに笑顔を振りまき、時には酔っ払いに絡まれ、時々、カップルに冷やかされたりもしながら、ケーキはなんとか後数個というところまで売ることが出来た。
だが、夜の八時を周ってこの辺りの人通りは疎らとなりつつある。残りは数個。されど数個である。あと一時間もすれば、ケーキを売れるタイミングは無くなると言って良い。
勝負は残り40分程度。彼は声を張り上げた。
◇ ◇ ◇
12月25日。時刻は23時。あと一時間で聖夜が終わる。
「あ~あ。これでもう、クリスマスも終わりかぁ。今年は実家に帰れるかなぁ?」
彼は大きく背伸びし、人気のない寒空の下を歩いていた。街灯はポツンポツンとあるだけだ。彼の住むアパートまではこの一本道を行かねばならない。
年の瀬といえば師走の忙しさに合わせるかのように、変質者も多い。通い慣れたとはいえ、この暗がりに気を張るのは仕方ない事だ。
「どうせなら、可愛い彼女でも落ちてて欲しいもんだ。クリスマスプレゼント代わりによ」
ボヤきながら、彼は夜道を行く。
実際、彼女が本気で欲しい訳ではない。その日を食うに苦心する貧乏学生には過ぎた望みだと理解している。高校の時には彼女がいた時期もあったが、バイト代の殆どは彼女のために消え、更には数ヶ月も持たなかった。
彼女など盛大な金食い虫だ。暴論だろうが、彼にとってはそれが事実だった。
それでも、街を行く幸せそうなカップルや夫婦、家族連れを見る度、物寂しさを覚えるのだ。
ふと、寒さを感じた彼は肩をすくめた。
「………あん?」
やがてアパートが見えてきたところで、電柱の下に見慣れないものが落ちているのに気付いた。
デカイ。遠目から見るに、誰かが捨てたゴミだろうか。だが、その場所は指定のゴミ捨て場ではない。
「おいおい、誰だよ。こんな処にゴミ捨てやがったのは……!」
うんざりしながら近づいた時、彼は驚きと困惑に包まれた。
「ひ……人? ていうか、女!?」
電柱の下にあったのは、人だった。どこかのOLなのだろう。スーツを着ている。ただ、そのスーツはすっかり皺くちゃになって汚れていた。
そして漂うアルコール臭。どうやら酔っぱらいのようだ。きっと綺麗に纏めてあったのだろう長い髪も、今はボサボサだ。
残念だ。残念過ぎる。どれぐらい残念かといえば、広辞苑で残念という言葉を引けば、これが出てくるというぐらいに残念だ。
「これ……どうしろっていうんだよ?」
彼はこの残念という概念が化身した存在を前に、頭を悩ませた。』
「………ふぅ」
俺は少しばかり疲れた目をほぐしながら、パソコンの脇に置いてあるビールの瓶を手に取った。
最近発売された某コンビニ限定商品で、レモンの風味と甘めのテイストが気に入っている。問題があるとすれば少しばかり高いことだ。
もうすぐクリスマス。彼女もいない。さして仕事が忙しい訳でもない。そして予定は空白な俺は趣味のネット小説を書いていた。
今回書いているのは「◯◯杯」という、一つのお題に色んな作家が作品を持ち合うという合同企画だ。
短編連作であるこの「彼」シリーズはそこそこ評判がよく、今回のクリスマス杯にもこれで行こうと決めた。
ゴクリとビールを一口。レモンの香りが鼻の奥を心地よく抜ける。
「はぁ……」
天井を眺め、溜息。頭が鈍るので余り暖房は入れていない。こうして一人、文章を書いていると『彼』ではないが、物悲しさを覚える。
俺はビール片手に立ち上がり、窓際に向かった。外はもう暗ク、遠くにイルミネーションとビルの明かりが眩く映っている。
空に星は見えない。その代わりに、地上には煌めく星が瞬いているのだ。
都会で星が見えないのは、きっと夜空の星が皆、地上に降りてきちゃったからなのよ。
そう言ったのは、誰だっただろうか。ふとした拍子で思い出した言葉に
俺は苦笑した。
この光の中、老いも若くも独り身も既婚者も恋人持ちも、聖夜を思い思いの過ごし方をしているだろう。
俺はこうして一人気ままに物書きの真似事だ。気が向けばケーキの一つでも買ってこよう。だが、その前に作品を仕上げないとな。
「うし。もうひと頑張りするか」
再びパソコンの前に向かった俺は、早速、さっき思い出した言葉を使えないかと文を弄りだした。
今、この瞬間を老いも若くも、独り身も既婚者も、恋人持ちも家族も、色んな過ごし方をしているだろう。
そして今、俺と同じようにパソコンの前に座し、四苦八苦しながら、そして何より楽しみながら、作品を作っている者達が在る。
他人から見れば「独り身で寂しいやつ」と言われるだろうが、そんな事知ったこっちゃない。
聖夜を恋人と過ごす日だなどと誰が決めた? 聖夜をどう過ごすかなど、自分の満足度で示せばいいのだから。
「さて……今回は一体、どんな作品が集い合うのか」
かつて文豪達が原稿を持ち寄り、同人誌を作った時ももしかしたらこんな心境だったのかもしれない。
聖夜を祝う気持ちはある。だからせめて、こう締めくくろうじゃないか。
『世界中の同胞に、メリークリスマス!』――と。
これを読む、お前らに宛てて。
メリークリスマス!!




