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私と幼馴染みのよもやま話

作者: ゆきこ

「優子ちゃん!優子ちゃん!!優子ちゃん!!」


突然だが、私には救いようのないほどのおバカな幼馴染がいる。母親同士が臨月の頃に病院で知り合ったのを期間に含むと、胎児の時から現在まで20年以上の付き合いになる。

インターホンも押さず、人の家のドアを叩き開くはずもないドアノブをガチャガチャと捻りまくっているのがその幼馴染である。名前は山本龍太郎。

さらに、私と龍太郎は幼馴染にして同じアパートのお隣さん同士。大学進学を機に一人暮らしを始めた私についてくるように、何故かスポーツ推薦で私と同じ大学に入った龍太郎も当然のように私の部屋の隣に部屋を借りたのだ。文句を言いたくても、龍ママの無邪気な「優ちゃんが龍太郎と一緒にいてくれるなら安心だわ」という一言のせいで、何も言えなかった。

お風呂上がりでホカホカしていた私は、扉の向こうの惨状を想像してげんなりした。ドア開けたくないなあ。気付かなかったことにして無視しようかなあ。でもすごくうるさいなあ。

数秒の葛藤の後、渋々ドアを開けた私は、涙目の幼馴染にタックルばりの勢いで抱きつかれた。


「どうした。落ち着け」


玄関で尻餅をついた私は、尻の痛みに耐えながら幼馴染の背中を撫でる。

龍太郎は普段から出川哲朗ばりにリアクションが大げさな人間なので焦ることはない。わなわなと唇を震わせて、龍太郎が声を搾り出す。


「ゆ、優子ちゃん…Gが…Gが出た」


なんだよゴキブリかよ。

呆れる私など気にもとめずに、龍太郎が私の腕を引っ張って立たせた。


「早くしないと、Gが繁殖する…。優子ちゃん、退治して…!」


何故女の私が男の龍太郎のためにゴキブリを退治しなければいけないんだ。私だってゴキブリ嫌だよ!

と思いつつもキンチョール片手に自分の家を出てわずか2メートルのところにある幼馴染の部屋の扉の前に立つ私ってなんなんだろう。恐る恐る扉を開けて部屋に入ったけれど、黒い影はどこにもなかった。


「いないけど」

「ほんとに台所にいたんだよ」


ぴったりと私に寄り添うように背後に立つ龍太郎は、油断なくあたりを見回しながらそう言った。ていうか私の部屋に来るまでにどっか隠れちゃったんでしょ。


「もういいよ、帰る」

「えっ」


泣いてすがる幼馴染など知るものか。子供のように私の左腕に抱きついてイヤイヤをする龍太郎を振り払おうとしたとき、「わぎゃ!」という悲鳴が部屋に響いた。もちろん龍太郎の悲鳴である。


「優子ちゃん!優子ちゃん!!」

「ええい、名前を連呼するな!」


龍太郎の視線の先を見ると、結構大きめな鈍い光を放つゴキブリがいた。お風呂場の手前の壁に張り付いている。

本能的に私はキンチョールをゴキブリに向けて発射する。逃げ惑うゴキブリ。追う私。くそう、ゴキジェットだったらもっと早く息の根を止められるのに!

ひとしきりキンチョールを吹き付けて、やがてゴキブリはぼとりと床に落ちた。背後で龍太郎が悲鳴を上げた。


「始末くらいは自分でしてよね」


私がそう言った瞬間、龍太郎が絶望しきった表情をした。私だってゴキブリ触るの嫌なんだよ!まだ殺虫剤で間接的に手を下すから平気なだけで。


「無理!無理だよ!」

「女々しいよ!そんなんじゃモテないんだからね!」


だめ押しの言葉で、龍太郎は衝撃を受けたように固まった。昔から龍太郎は、「そんなんじゃモテないよ!」の一言を投げるとどうにか奮起するのだ。どうやら、おバカな龍太郎でもモテたいらしい。残念なことに齢20、彼女いない歴も20年だけど。


「わかっ…わかったよ…」


覚悟を決めたらしく、龍太郎は大量のキッチンペーパーとスーパーのビニールを両手に、未知のウイルスに挑むかのような面持ちでゴキブリに近付く。キッチンペーパーもったいなーい。

龍太郎はキッチンペーパーで素早くゴキブリを包むと、目にも止まらぬ速さでビニールの中に入れた。口を厳重に絞めて、余ったペーパーで床を拭き、さらに消毒用のアルコールを吹き付け、またペーパーで拭き、振り返った龍太郎は歴戦の戦士のような顔をしていた。たぶん今のでレベル5くらい上がったと思う。

龍太郎はビニール袋を片手に、遠慮がちに口を開いた。


「明日までこれ、預かってくれない?」


私が龍太郎をどついたのは、言うまでもない。


「わかった。Gは部屋に置いてくから、今晩は優子ちゃんの部屋に泊めて」

「やだ」


私が即答すると、龍太郎はショックを受けたようによろめいた。若干瞳に水の膜がはっているような。


「ひどい!けち!」

「けちじゃない!うち布団一個しかないもん。じゃあ龍太郎、床に寝る?」

「一緒に寝ればいいじゃん」

「アホか!バカか!」

「ひどいよ…!だって、昔はよく一緒に寝てたし…」

「この、バカ!」


昔はたしかに一緒に寝たし、お風呂だって一緒に入った。だけどそれって幼稚園や小学校の頃、まだ一桁の年齢の時だ。龍太郎と一緒に寝たところで何がどうなるとも思わないが、花の女子大生としてそれはどうなのって話だ。

あまりにもデリカシーのない龍太郎に、さすがにカチンときたので、私はにっこりと笑顔を浮かべて龍太郎の肩に手を置いた。


「龍太郎、いい?なにもゴキブリは、今日突然発生したわけじゃない。何日も前からいて、すでに子孫繁栄してるかもしれない。つまり、そこのご臨終したゴキブリがいたからって、これまでと何が変わったわけでもない。大丈夫、龍太郎ならこれまで通りやっていけるよ」


およそ考えうる中でも最低な励ましをして、私は龍太郎のリアクションを待たずに部屋を去った。

龍太郎の悲鳴が聞こえた気がしたが、きっと気のせいだろう。


数分後、壮絶な勢いでドアを叩く龍太郎に根負けして部屋に入れることになったのは、また別の話である。

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