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鬼一口  作者: 乙丑
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 舞台の上で、祥子は一人歩き回っていた。

 姥の面を被っており、杖を突きながら右往左往している。

「――卒塔婆小町ですか?」

 声が聞こえ、祥子が振り向いた先には、皐月と信乃が、脇正面から祥子に話しかけていた。

「よくわかったわね」

「だって、初めて舞台を観たのがその曲目でしたから、すごく印象に残ってるんです」

 信乃は、震えた声で言った。まだ信じたくなかったのだ。

 来未を殺し、平八を自殺と見せかけて殺した犯人こそ、目の前にいる祥子なのである。

 しかし、その理由がわからない。いや、どうしてそれを知りえたのかがまだわからないでいた。

「鬼塚祥子さん、息子さんにお願いしてあなたの通帳を見せてもらいました」

「母さん、どうしてなんだ? どうしておれが姉さんに借金した日に、コンビニでお金を引き下ろしていたんだ?」

 海斗がそう尋ねる。

「それって、来未さんから脅迫を受けていたからじゃないんですか?」

「脅迫? 姉さんが母さんを?」

 信じられない表情で、海斗は信乃と祥子を交互に見やった。

「ある鑑識の人から白雪さんの事を聞きました。祥子さんはその人と二人っきりで旅行に行った時、事故で白雪さんを亡くしたって……、でも、落ちた白雪さんの遺体はありえない場所にあった」

「ありえない場所?」

「もし、古くなった柵が外れて転落したのなら、遺体は崖のすぐ近くにあるはずなんです。だけどその時現場を調べた鑑識によると、崖から二メートルほど離れた場所で遺体は発見された。つまり、誰かが故意に白雪さんを押したとしか考えられないんです」

 信乃は震えた声をあげる。

「だけど、おれたちは母さんから古くなった柵が外れて、白雪姉さんが転落したって……、まさか――」

 海斗はゆっくりと祥子を見る。

「それをネタに、来未姉さんから脅迫されていたというのか?」

「だけど、それならどうして来未さんだけでなく、平八さんも殺したんですか?」

 皐月がそう尋ねると、「ううん、祥子さんは誰も殺したくなかったのよ。たぶん白雪さんに対しても」

 信乃がそう言うと、祥子以外のみんなが怪訝な表情を浮かべた。

「でも、現に母さんは白雪姉さんを殺してるんだぞ?」

「たしかに、白雪さんを殺したのは祥子さんでしょうけど、でも祥子さんは、白雪さんに対して」

「もういいわ信乃ちゃん。あなたの声を聞いてるとね、わたしを庇ってくれてるってのが痛いほど感じる」

 祥子はそう言うと、ゆっくりと信乃たちのほうへと視線を向けなおした。

 ただし、姥の面をつけているため、その視線に誰も気付けていない。

「たしかに、白雪を殺したのはわたしだし、来未や平八さんを殺したのもわたしよ」

 祥子がそう言うと、「それじゃぁ、本当に……。でもどうして?」

「わたしが子供の出来ない身体だというのは、海斗も知ってるでしょ? だからわたしたち夫婦は、この能楽一座を後世に残すため、養子としてあなたたちを受け入れた……。それが悲劇の始まりだったとも知らずに」

「――悲劇の?」

「白雪は日に日に美しくなっていった。それこそまさに名は体で表すかのように」

 その時、皐月と信乃は、同姓だったからだろう。

 祥子の次の言葉を聞くや、もしかしたら、自分たちもこうなってしまうんじゃないかという、不安と恐怖に駆られた。

「平八さんは、あろうことか白雪と関係を持ってしまったのよ。たしかに子供が出来ないわたしよりも、血のつながっていないただの養子である白雪のほうがよかったでしょう。でもあの人の妻はわたし。血がつながっていないとはいえ、大切な娘であった白雪をこの手で――」

「もうやめてっ!」

 信乃が叫んだ。

「もうやめて、わかったから……、もうやめて」

 信乃は大粒の涙を浮かべながら、懇願するように言った。

「祥子さん、あなたは白雪さんを殺したことをずっと隠してきた。それがある日来未さんがその事実を知り、それを隠す条件としてあなたに脅迫をしていた。粗方こんなところでしょうか?」

 大宮がそう尋ねると、祥子は頷いた。

「でもどうして平八さんまで?」

 皐月がそう尋ねると、祥子はゆっくりと面を外した。

「あの人は、もうわたしを見ていなかった。白雪が亡くなったことを知ってからはずっと白雪の幻影を追いかけてもいたわ」

 皐月と信乃は、その白い雪のような、透き通った祥子の肌を見るや、恐怖を感じた。

「海斗……、ごめんなさい」

「――えっ?」

 海斗が唖然とした表情で、そう言った時だった。

 祥子の身体が、まるで人形のように垂直に倒れた。

「か、母さんっ!」

 海斗が祥子に声をかけたが、反応がなかった。

 大宮が脈を取ったが、首を横に振った。


「――鬼だ」

「……えっ? 鬼って」

「皐月、鬼ってどういう意味を持ってると思う?」

 そう聞かれ、皐月は首を横に振った。怖いものという回答は不正解だと思ったのである。

「元々は隠れるという漢字、『おぬ』からきてんの。下の(じん)は人を意味していて、上の(ふつ)は頭に大きな面という意味があるの。つまり、鬼とは鬼頭を被せている形から来ている」

 信乃はそう言いながら、ゆっくりと客席に座った。

「それから、昔死人の顔にその人を似せた仮面を被せて、その人が生きているようにして祭ったという伝えもあるのよ」

 信乃はゆっくりと、能舞台の後座の隅に立っている、着物姿の少女を見やった。

「白雪さん?」

「あなたや来未さんも、海斗さんも……みんな鬼一口だったと言うわけね」

 皐月は信じられない表情で、信乃と白雪を見た。

「みんな、鬼という字が名前の中に入ってたのよ。来未さんの『末』という字は『』。海斗さんの『斗』は『さきがけ』。そして白雪さんの『白』には『たましい』」

 白雪はゆっくりと、祥子を見下ろした。その表情は哀れんでいる。

「お母さんをこんな目にあわせたのは」

「自分の責任だったとでも言いたいの?」

 信乃は訝しげな表情で白雪を睨んだ。「でも、近くで見ると本当に……」

 皐月は、唖然とした顔で白雪を見つめた。

「もしかしてあなた……、日本人じゃない?」

 皐月の言葉を聞くや、信乃は白雪を注意深く見つめた。

「目が黒くない。ロシア人によく見られる灰色の目をしてる」

「だからあんなに白くてきれいな身体だったんだ」

「違う、本来日本人の身体が黄色であるのと同じように、ロシア人の身体は色白が多いのと一緒。つまりあなたは普通に成長していただけ」

 皐月と信乃は、ゆっくりと祥子を見やった。

「少し違う。わたしは混血児の混血児。つまりクオーターでした」

「つまりロシア人の血が、日本人の血よりも強かったということ?」

 皐月がそう尋ねると、白雪はゆっくりと頷いた。

「母が街娼とロシア軍人との間に出来た混血児であり、レイプされて妊娠して生まれた子供がわたしでした。それを父は知ったのでしょう、わたしは望まれずに生まれた子供であると」

「それじゃぁ、あなたも被害者だったの?」

「お母さんが子供が生まれない身体だと言うのは知っていました。お父さんはいろんな女に手を出していたそうです。その毒牙は、娘であるわたしにも及んでいました」

「じゃぁ、あなたが原因じゃなくても……」

「祥子さんは、いつか平八さんを殺していたかもしれない」

 皐月と信乃は、互いを見やった。

「でも、ひとつだけ言わせて。少なくともあなたは望まれてなんてないわよ」

 皐月の言葉を聞くや、白雪は目を見開いた。

「だって、もしあなたが望まれていない子供だったとしたら、生まれてこなかったわけでしょ?」

「言えてる。たしかに混血児ってのは忌み嫌われているけど、だからって殺していい命なんてないのよ。それは命を身近に感じているお寺の娘であるわたしが保証する」

 信乃は、ゆっくりと、どこからともなく刀を抜き取った。

「鬼塚祥子。人から信頼されていたにも係わらず、情によって偏った判断を下し、娘二人と夫を殺した罪により、閻獄第五条十八項に基き、大叫喚地獄、十一炎処じゅういちえんしょへと連行する」

 祥子目掛けて刀を振り下ろすや、どこからともなく、お札が現れ、祥子の額に付着すると、スーと消えた。

「ありがとう」

 白雪はそう云い残すと、静かに姿を消した。


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