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鬼一口  作者: 乙丑
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「平八さんが亡くなった?」

 喫茶店に戻ってきた大宮からの報せを聞いた信乃は、愕然とした表情で聞き返した。

「ああ。まだ検死結果を待つしかないけど、おそらく毒物によるものだろう」

「それって、来未さんが殺されたものと同じもの……、というわけですか?」

 皐月の問い掛けに、大宮は無言で首を横に振った。まだ判断出来る段階ではなかったからだ。

「でも、どうして平八さんは亡くなったんだろ? 変なお面もつけて」

「――能面ね。だけど平八さんが自殺したとは思えないね」

 信乃がそう言うと、皐月と大宮は同意するように頷いた。「自殺するってことは、それだけ理由があるってことでしょ? その理由が思い浮かばないもの」

「もしかしたら、来未さんを殺したのを」

「たしかに、来未さんが殺された原因が、能面に塗られた毒である以上、それを箱の中に入れたと思われる平八さんが一番怪しいな」

 大宮の言葉に、信乃は少しばかり首を傾げた。

「どうかしたの?」

「いや、なんか微妙に違う気がするのよ。あの、大宮さん、ちょっとお願いがあるんですけど?」

 信乃は席から立つと、皐月の隣に座っている大宮の耳元に唇を近付けた。

「――わかった。ちょっと待っててくれ」

 大宮は、携帯を取り出すと、「舞台に出ていた人の面が入っていた箱を持ってきてくれませんか? できれば面のほうも」

 と鑑識課に連絡を入れた。

「信乃、気になることって?」

「……皐月、あんた桐箱の匂いかいたことある?」

 そう云われ、皐月は首を横に振った。

「毒の臭いで気付かなかったんだけど、本番直前まで箱の中に入っていたのなら、桐の匂いが面についているはずなのよ」

「使ってなかったんじゃないの?」

「いや、それはないわよ。平八さんから聞いた話だと、箱を作る時に使われる桐は純国産品で高級品だって。因みに能面は平八さん自身が作ってるけど、出来がいいやつしか使わないし、値段から云って大体十万とかなんとか」

 それを聞くや、皐月は飲んでいたコーヒーを噴出してしまった。「なんでお面にそんな値段が出るのよ?」

「手作りだからってのもあるんだけど、大量生産しにくいってのも理由のひとつ。大体着物だって高いでしょ?」

「ああ、二人とも、ちょっといいかな? 今から警視庁に戻るんだけど」

「ええ。それがなにか?」

「さすかに証拠品を外部に持ち出すことは出来ないんだよ。だから二人に警視庁に来てもらおうかなと」

「それじゃあ、調べることに関しては許しが出たんですね?」

「ああ、湖西主任からの許可が下りたよ」

 その言葉を聞くと、信乃は小さくガッツポーズをとった。

「んじゃぁ、行きましょう」

 信乃は、大宮の腕を掴むと、半ば無理矢理喫茶店を出て行く。

「ちょ、ちょっと!」

 皐月は、財布からコーヒー代を取り出し、支払いを済ませると、慌てて二人の後を追った。



 警視庁刑事部鑑識課の一室に、舞台で面をつけていた来未と祥子が使っていた面と、それが入っていた桐箱が、テーブルの上に並べられている。

「来未さんがやっていた中将姫の面は、たしか増女ぞうおんなの面。祥子さんがやっていた老尼ろうには姥の面」

 信乃の言葉を聞きながら、皐月と大宮は喉を鳴らした。

「それじゃ、いいですか?」

「ああ、お前さんが納得するならな」

 湖西主任の言葉を聞くと、信乃は、二つある桐箱のひとつを手に取り、鼻先に近付けると、鼻をヒクヒクと動かした。

 それから、姥の面を鼻に近付ける。

「時間がだいぶ経ってるから消えかけてるけど、わずかに桐の匂いがする」

 もうひとつの面。増女の面を手に取り、鼻を近付け、同様ににおいをかくと、ゆっくりと面を鼻から遠ざけた。

「――においが消えてる」

「時間が経ってるからじゃないの?」

「いや、それだったら、もうひとつの……姥の面の方もにおいが消えてるんじゃないかな?」

「もしかしたら、入れ替えたんじゃないですかね?」

 鑑識課の一人、菅田(ゆえ)がそう言うと、信乃は首を傾げる。「入れ替えた?」

「だって、大宮君から聞いた話だと、役者は舞台に出るまで何の役をやるのかを聞かされていないんですよね?」

「たしか当麻は、前シテの老尼、後シテの中将姫、それからツレの化女が使う連面」

「あれ? でもここにあるのはふたつだけだけど?」

「鬼塚祥子から聞いた話だと、桐箱に入れたのはそのふたつだけだそうだ」

「でも、誰が何をやるのかは、舞台が始まる直前まで報されていないんですよね? もしかしたら、祥子さんは知っていた?」

「ちょっと待って、それだったら犯人は祥子さんってことになるわよ?」

 信乃は、納得のいかない表情で聞き返した。

「大宮君、ちょっと」

 月は、大宮に声をかける。「鬼塚白雪のことだけど、ちょっと気になる噂があるのよ」

「噂ですか?」

「ええ、鬼塚白雪が亡くなったのは、母親である祥子と一緒に言った旅行先だったそうなの。なんでも崖から誤って転落したんですって」

「そうなんですか」

「でも、ここが妙なのよ」

「妙なって?」

「その時検死を行った鑑識から聞いた話だと、まるで誰かに押されたような距離だったって」

「――それって」

「それと、海斗だっけかな? その人が被害者から借金をしているにも係わらず、返済は気にしなくてもいいってのに、信乃さんが気にしてたみたいだから調べてみると、ちょっと複雑な状況になってるのよ」

 月が懐から手帳を取り出そうとした時、時計の針が九時を刺した。

 それを、月は一瞥する。

「皐月さんと信乃さんは、おうちの人に連絡しなくてもいいの?」

 そう云われ、皐月と信乃は互いを見やった。

「明日学校がありますし、今日はこれで失礼します」

 信乃は頭を下げると、鑑識課を後にした。

「ああ、二人とも待って。僕は二人を家まで送ってきます」

 大宮は皐月と信乃の後を追うように鑑識課を出て行った。

「それで、なにが書いてあったんかな? 月光がっこう

 湖西主任がそう言うと、月は手帳の中身を見せた。

「なるほどな、つまり殺害理由はそういうことなのか」

「ですが、やはり気になるのは鬼塚来未の体内に毒が回るまでの時間です。同じ毒物が使用されているにもかかわらず、鬼塚平八との時間が余りに違いすぎる」


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