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鬼一口  作者: 乙丑
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「死因がはっきりしたよ。やっぱり毒殺だ」

 公園から少し離れた場所にある喫茶店で、大宮が、湖西主任からの連絡を、皐月と信乃に説明していた。

「ただひとつ気になることがあってね」

「気になること?」

 信乃が首を傾げる。「湖西主任の見解によると、毒がもっとも反応していたのはくちもとだったんだよ。――つまり、カプセルの中に毒が入っていなかったわけだ」

「そ、そんなわけっ! だって、来未さんは舞台をやり続けていたんですよ? そんな状態で立てるわけがないっ!」

 信乃は興奮した表情で、大宮に詰め寄る。

「毒はどんなやつだったんですか? モノによっては、かかる時間が違ってくるかもしれませんし」

「いや、毒はシアン系カリウム……、つまり青酸カリだったんだよ」

 大宮は、皐月と信乃の表情を見た。二人とも信じられない表情を浮かべている。

「いや、僕もね、君たちと同じ気持ちだよ」

「どういう意味ですか?」

 信乃が怪訝な表情で尋ねる。

「どうしてそんな毒を吸っていたにも係わらず、被害者が舞台の終盤まで生きていたのか」

 その言葉に、皐月と信乃は頷いた。

「僕もそれが不思議でたまらないんだよ」

「即効性がなかったのかも。もしくは微少だったとか」

「そう考えられなくはないけど、でもあの臭いはたしかに青酸カリぽかったもんなぁ」

 信乃は唸るように首を傾げた。

「それと忠治さん、私がお願いしたことは?」

 皐月がそう言うと、「ああ、そうだった。鬼塚平八さんが云っていた『白雪』という人の名前だけど、どうやら娘さんだったらしいよ」

「過去形ってことは、今はいないってことですか?」

「どうやら、二十年前に亡くなったそうだ。高校生だったそうだよ」

 大宮は、皐月と信乃の前に座った。「コーヒーを」

 ウェイトレスを呼び止め、オーダーを促す。

「でも、どうして平八さんは、その白雪って子に対して脅えてたのかしら?」

「祥子さんや海斗さんにもその事を尋ねたよ。白雪という子は、海斗さんや、亡くなった来未さんの兄弟子に当たるらしい。それと義理の姉とも云えるかな」

「――義理の姉?」

「奥さんである祥子さんが生理不順で、子供が出来ない体だったらしい。それで養子縁組をしていたというわけだ」

 大宮はコーヒーを飲みながら、皐月たちに説明する。

「でも、まだわからないことがあるんだよ。毒がお面に付着していたものだとしたら、その毒はいつ付着したのか」

 真剣な表情を浮かばせながら、大宮は言った。

「お面を被る前ってことですよね?」

「いや、ヘイハッちゃんから教えてもらったけど、舞台に上がる前まで、誰が何をするのか教えないんだって。まぁ、この世界は全部のセリフを覚えておかないといけないから、何の役が来ても大丈夫でないと生きていけないって言ってたけどね」

「それじゃぁ、犯人はお面の中身を知ってる人ってことにならない?」

「その時に毒を仕込んだというわけか」

 皐月と大宮が話している間、信乃はジッと砂糖の入った甘いコーヒーを飲んでいた。

「どうかしたの?」

 皐月が首を傾げる。

「なんか引っ掛かるのよね? 来未さんが殺されるような噂を聞いたことはないし、海斗さんが借金をしていたって聞いた時は、海斗さんが犯人って思ったんだけど、返済はいつでもよかった……ですよね?」

「ああ、そう言っていた」

「借金による怨恨が理由なら、それはまずないってことになりますよ」

「――どういうこと?」

「そういう理由の殺人は、大概借りていた人が犯人になるじゃない」

 信乃がそう言うと、大宮は納得した表情を浮かべる。

「それじゃぁ、海斗さんは――、あれ?」

 皐月は納得のいかない表情を浮かべた。いや、もし犯人が海斗であったとしても、来未を殺す瞬間がわからなかったのである。

「ねぇ、信乃。さっき舞台に上がる前まで、なんの役をやるのかわからないって言ってたよね? それって、事前に知ることって出来ないの?」

「いや、それを渡してるのは平八さんだけよ。舞台に上がる前に直接渡してるみたいだから――」

 信乃は、強張った表情を浮かべながら、皐月を見た。

「平八さんが犯人? たしかに箱の中に入れる前だったら、毒を塗ることは出来るけど。――でも、なんの理由があって?」

「――あ、ここにいましたか大宮巡査長」

 警官の一人が喫茶店の中に入り、大宮の前に立った。「どうかしたんですか?」

「至急現場に戻ってください。大変なことが――」

 ただならぬ空気に、大宮はおろか、皐月と信乃も喉を鳴らした。

「――二人とも、後で連絡する」

 そう云うや、大宮は警官と一緒に店を後にした。

「なんか、嫌な予感がする」

 皐月と信乃は、窓から見える大宮の車が走り去っていくのを眺めていた。


「ここは……」

 大宮は、能舞台からすこし離れた小さな小屋の前に立っていた。

「ああ、刑事さん」

 祥子が震えた表情で、大宮を見やる。「いったい何があったんです?」

「夫が、夫が中に」

「鍵が閉まってるっ! 誰か鍵をもってこい!」

「そ、それが……、事務室に行ってみましたが鍵がないそうなんです」

 大宮は、最悪な状況を想像していた。

「くそっ! 仕方ない、ドアをやぶろう!」

 そう云うや、大宮たちは小屋のドアに体当たりした。「もう一度だ!」

 勢いよく鍵が外れ、ドアが内側に倒れる。

「平八さんっ!」

 大宮は叫んだが、反応がない。

 部屋の奥から、ぼんやりと橙色の裸電球が照らされている。

 その下に黒い塊……、いや人の姿があった。

「平八さん、だいじょう……」

 大宮は言葉を止めた。

 平八は、おぎなを演じるさいに身に着ける朝倉尉あさくらじょうの面をつけたまま、机に寄りかかっている。

「平八さん、聞こえますか? 平八さん」

 平八の身体を揺さ振りながら、大宮は声をかけた。

 が、一向に返事がない。

 大宮は、平八の面を外すや、小さく唸り声をあげてしまった。

 平八は、カッと目を大きく見開き、くちもとは爛れたように溶けきっている。

 脈を取ってみたが、反応はなかった。

「――刑事さん、夫は……」

 うしろから声が聞こえ、大宮はそちらへと振り返った。

 そして、無言のまま、首を横に振る。

 祥子は、身体を振るわせるや、失神した。


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