肆
「ねとも?」
皐月が首を傾げながら、信乃に尋ねた。
「ネットで知り合った友達って意味。つまり、鬼塚平八さんごと、ヘイハッちゃんとは能楽の情報サイトにある舞台演目情報交換の掲示板で知り合ったのよ。二人とも場所が近かったし、最初会った時は怖かったんだけど、話してるうちに仲良くなっちゃってね」
皐月は、信乃の言葉に違和感があった。「あの、平八さんっておいくつなんですか?」
「わしかぁっ? わし、いくつだと思う?」
「えっと、七十くらいですか?」
皐月がそう尋ねると、平八はショボンと肩を落とした。
「あ、あの……、なにか失礼なこと」
「いや、いやいやいやっ! そうか、そうかそうかそうかっ! わしゃぁっまだまだ若いつーこったおなぁ」
突然平八はガハハと笑い出す。
「わしなぁ、今年で七五歳なんじゃよ。もうそろそろしたら喜寿なんじゃよぉっ!」
平八のハイテンションぶりに、皐月はもちろん、大宮もついていけていない。
というよりかは、ついていきたくないのが本心であった。
「皐月、どうして平八さんがネットの掲示板に書き込みなんてしてるんだろって思ったんでしょ?」
「う、うん。否定はしないよ。ご老人がインターネットをしてるとは思えなかったから」
「それこそ、失礼千万の先入観。最近多いのよ老人がインターネット使うのなんて」
「うちパソコンないし、携帯サイトも全部が全部見れるわけじゃないからね」
「そりゃぁ、ガラケーとスマホとじゃ見れるサイトも違うでしょ?」
「そうじゃなくて、規制が入ってるの。それに弥生姉さんがそれ以上使ったらこっちからは電話が出来ないように料金設定してるんだから」
「まぁ、あの弥生さんなら考えられるけど、でもあんたってたしか用件しか言わないよね?」
皐月は、バツが悪そうな表情で、大宮を見遣った。
「もしかして、料金規制された理由って」
「ぼ、僕にあるのかい?」
大宮がそう言うと、皐月は答えるように頷いた。
「青春だねぇっ! 初々しいねぇっ! 君ぃっ! どんだけその男性に貢いでるんだい?」
平八がチャライ声で皐月に尋ねる。
「貢いでるって、ただ、朝は午前六時くらいにモーニングコールして、それから夜の七時になにかなかったのかって話して、寝る前に二時間くらい長電話して」
「いや、それを貢いでるっていうんだけね?」
信乃は睨むように大宮を一瞥した。
「さ、皐月ちゃんの言う通りだよ。ほら、皐月ちゃんは早起きが習慣だってこと、信乃さんだって知ってるはずだ」
「たしかに、皐月は午前五時に起きて、本堂で毘羯羅と稽古してますからね。わたしも似たようなものですけど」
「それで皐月ちゃんにお願いしたんだよ。僕って結構寝起き悪くてさ」
――あれ? なんか知らないうちに惚気話聞かされてる?
信乃はそう考えると、「ああ、わかった。わかりました」
皐月の電話の話を、強引に終わられた。
「は、話を元に戻しましょ。というより、平八さん、舞台上には行ったんですか?」
信乃がそう尋ねると、平八の空気が一変した。
言うなれば、冷静沈着だった殺人鬼が追い詰められた末に本性を現すようなそんな感じである。
皐月たちは、ゴクリと喉を鳴らした。
「来未の死体か。それなら家族以外のものたちに教えてもらった」
「失礼ですが、あなたは今までどこに?」
「わしを疑っているのか?」
「そうじゃないです。ただ……今回の事件、舞台に上がるさいの来未さんが取った行動となにか関係があるのかもって」
「関係?」
「来未さんの死因は毒によるものだと考えているんです。ただ、その毒が能面についた毒によるものなのか、それともカプセル錠の中に毒を仕込ませて飲ませたのか」
信乃が一通り説明すると、平八はゆっくりと床に座り込んだ。
しっかりと規則正しく背筋を伸ばした正座で、ただ一点を見つめている。
「つまり犯人は、来未が舞台に上がる時、安定剤を飲んでいることを知っている関係者の中にいると思っておるのか?」
「というより、そう考えるのが妥当だと思います」
大宮は、しっかりととした表情で言った。「可能性としては考えられるな」
「あれ?」
皐月が脇正面に目をやると、着物を着た、高校生か中学生くらいの少女がスーと歩いていた。
同姓である皐月ですら、見惚れてしまうほどに美しい。
着物姿も様になっており、雪のように肌が白かった。
「誰だろ? あれ」
信乃もその少女に気付き、首を傾げた。「可笑しいな、まだ立ち入り禁止のはずだけど」
「――平八さん」
信乃が平八に尋ねようとした時、平八は身体を震わせていた。
「し、白雪……」
その悲鳴にも似た譫言に、皐月たちはただならぬ空気を感じた。