ひよっこの修羅場
練習試合は賢仁が通う二葉亭高校のグラウンドで行われるようだ。この敷地内に入るのも中学校以来なので少し懐かしい。今は違う高校に通っているけれど、ここが母校であることにはかわりない。変わらない校舎も綺麗になった花壇も、日菜子を迎え入れてくれているようだった。
グラウンドには思った以上に人が来ていた。観客は全員私服だが、おそらくほぼ生徒だろう。選手の一人が今まさにゴールして、黄色い声が上がっていた。見なくてもわかる。きっと潤平だ。
グラウンド脇のコンクリートで作られた大きなひな壇に近寄ると、丁度一番上の段にスペースがあった。歓声を上げ続ける女子生徒を避けながら上り、腰かけようとした時。
「宮下先輩?」
件の美少女・樋口一花がそこにいた。
日菜子が足を止めて固まっていると、後ろから賢仁が応じた。
「あぁ、樋口もやっぱり呼ばれていたのか。」
「“も”ってことは、先輩もですか・・・。」
一花は少し呆れたように微笑む。そんな表情でも可愛らしかったが、日菜子はなんだか焦ってしまった。
(もしかして、修羅場になるのでは!)
これがデートのつもりで二人が待ち合わせていたのだとしたら、日菜子は完全に邪魔者だ。
一花が私を見とがめて「先輩、どういうつもりですか!?私というものがありながら!」と泣き始め、「いや、これは違うんだ。こいつはただの幼馴染で、」と賢仁が慌てふためき、なんやかんやで先日の賢仁とのアレもバレて「幼馴染がでしゃばるんじゃないわよ!この泥棒猫!」とか言われちゃったりするんだろうか。いや、この子はそんなことを言いそうにないから、きっと「先輩、私に飽きちゃったんならそう言ってください」と涙をこらえて微笑み、すっと身を引いてフェードアウトしてしまうかもしれない。だって先日のアレはどう見繕っても浮気行為だし、誠実そうなこの子がそんなことを許すわけない。そして賢仁はこんな美少女を二股かけて振ったというレッテルを貼られて、一生後ろ指さされる人生を・・・。
「えっと、そちらの方は?」
「こいつは・・・」
「違うんですアレはそういうのじゃなくって!」
一花が小首を傾げて聞いてきた質問に反射で答える。
すると彼女は大きな目をぱちくりとさせて、賢仁はぎょっとして振り向いた。
「あ・・・。」
日菜子はしまった、と口を押さえた。
(私はバカか!いや馬鹿なことは知っていたけれども!)
よりにもよって自分からバラしてどうする。黙っていればわからずに、この子が傷つくことも賢仁が後ろ指さされることもないというのに。
色々と根本から間違っていることに気がついていない日菜子が一人で慌てていると、一花の後ろから顔を出してくる存在があった。
「あら?ひなちゃん?」
「え?」
それは夏目と共に賢仁の小学校からの友達である、荻野朔太郎だった。
「朔ちゃん!」
「やだ久しぶり~!いつ帰ってきてたの?」
嬉しさのあまり先ほどの焦りも忘れ、手を取り合って喜ぶ。
朔太郎は正真正銘の男で、しかも180cm以上ある長身だが、女の子のような気遣いをみせてくれるので昔から日菜子とも仲が良かった。
「あれ?でもなんでここに?」
振り回す手を止めて首をかしげる。すると朔太郎が困ったように笑った。
「皆、綜ちゃんに呼ばれたのよ~」
「夏目くんに?」
なぜサッカー部でもない夏目が。確かに昔から夏目たちは仲が良かったが、わざわざ休みの日に練習試合を観にくるものだろうか。
すると朔太郎の更に後ろから夏目が立ち上がった。
「お久しぶりです、佐倉先輩。」
「あ、お久しぶりです。」
後輩だが、何故か彼には昔から敬語を使ってしまう。
涼やかな目元に通った鼻筋。相変わらず綺麗な人だ。他の生徒は私服の中、一人だけ制服姿であることも相成ってひときわ目立っていた。
(そう言えば夏目くんに好きな人がいるって賢ちゃんが言ってたけど・・・)
聞きたいけど怖い。日菜子はむくむくと湧き上がる好奇心を必死で抑えた。
「突然呼び出すな。先生にも迷惑だろう。」
賢仁が憮然とした声を出す。どうやら賢仁も呼ばれたから来たようだ。デートではなかったのかとほっと胸を撫で下ろしていると、夏目が腕を組んで軽くため息をついた。
「その先生がこれならいいって言ったんだ。学校で、しかも僕と二人きりじゃなかったら会ってもいいなんて、わがままだと思わないか?」
「誰がわがままですか。」
透明な、しかし少し呆れたような声が聞こえ、やっと夏目の後ろにまだもう一人いることに気がついた。