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君へ贈る歌  作者: こいも
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ひよっこの焦り

 それからなんとなく賢仁と会いづらく、賢仁の方も何だか避けているようで、会わないまま数日が過ぎた。

 その間、日菜子はいかにして元通りになるかということばかり考えていた。賢仁の思惑は置いておいて、ああいう行為は姉弟のような幼馴染にはふさわしくない。ここは姉として優しく諭した方がいいのか、それともなかったことにしてあげた方がいいのかわからないが、とにかくこのままではいけないという思いだけがあった。

 賢仁が抱えている気持ちについては必死に考えないようにしていた。

「そう言えば賢仁くん、」

 一緒に朝ごはんを食べていた母親が思い出したように突然言って、少しドキリとする。隣の父は聞いているのかいないのか、机の端に置いた新聞に目をやっていた。

「学年二位なんだってねぇ。すごいわよねぇ。」

 日菜子は目を丸くした。たしかに賢仁は昔から頭が良かったが、まさかそこまでとは思っていなかった。一位は疑いようもなく夏目だろうが、それでもすごい。

 父も新聞から目を離し、感心した様子だった。

「へぇすごいな。日菜子も見習え。」

 その父の余計な一言のせいで、母親の矛先が日菜子に変わる。

「そうよぉ。歌もいいけど、勉強の方もちゃんとしないとだめよ?」

「あ、赤点は取ってないもん。」

 これは嫌な展開になりそうだと焦り、残っていた食パンを一気に飲み込んだ。

 こういう時の母親は、言いだしたら止まらないのだ。何十分も座らされる羽目になる前に立ち去ろうと、食器を流し台に片付けてから二階の自分の部屋へ上がった。

(賢ちゃんが学年二位か・・・)

 ピアノ教師の由加里が言っていたように、その“やりたいこと”のために頑張ったのだろう。

 日菜子は自分の部屋の窓から、隣の家を眺めた。

 中学生の頃までは一緒に勉強していたのに、いつのまにそんな遠くへ行ってしまったのか。別に中学の頃だって日菜子は下から賢仁は上から数えた方がいい成績だったのだが、この間の美也子の話といい、なんだか別の人の話のような気がしていた。

(賢ちゃんと話したい)

 やっぱりこのまま話をせずに夏休みが終わるのは嫌だ。何とか元に戻らなければいけない。

 よって、賢仁が家から出ていくのを見るやいなや飛び出したのは仕方のないことだった。

「賢ちゃん!」

 数メートル先に行っていた背中が止まる。

 振り向いた顔はいつもの難しい顔で、日菜子はほっとして続けた。

「おはよ!どこ行くの?」

「・・・谷崎の練習試合を観に。」

「谷崎くんの?」

 谷崎潤平は賢仁の中学校からの友達で、サッカーが異様にうまいのだ。日菜子も同じ中学に通っていた頃から有名だった。

 これはチャンスかもしれない。昔からの友達も交えて話せば、すぐに元通りになるだろう。

 結局日菜子が選んだ答えは、“うやむやにすること”だった。

「私も行く!」

「・・・なんでだ。」

「え、だって私も久しぶりに谷崎くんのスーパープレイが見たい。」

 もちろん、一番は賢仁と仲直りすることだが。

 すると賢仁は疲れたように視線をそらして、ポツリと呟いた。

「俺はお前が時々わからないよ。」

「え、そう?」

 日菜子は賢仁の言葉の裏の意味をなんとなく嗅ぎ取ったが、あえてスルーした。

「・・・行くなら早くしろ。」

 そうぶっきらぼうに言う。それでもその場で待っていてくれることに気がついて、日菜子は荷物を取りに慌てて家にかけ戻った。


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