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君へ贈る歌  作者: こいも
7/15

ひよっこの“すみれ”

R-15に該当する(かもしれない)描写があります。ご注意ください。

「賢ちゃん?ちょっといい?」

 そのすまし声に、賢仁は嫌そうな顔をして振り向いた。しかし今の自分にとっては可愛いものだ。

 日菜子はにっこりとしとやかな笑顔を浮かべて、賢仁に尋ねた。

「ちょっとお姉ちゃんに言っていないことがあるんじゃないかしら?」

「・・・何を。」

 何をって、それを聞くために尋ねているのだが、賢仁はわかっていないらしい。

 しかしあまり回りくどいのも得意ではないので、日菜子は賢仁が話しやすいように促した。

「今日、女の子と歩いていたでしょう?」

 賢仁は顔をしかめてから、あぁ、と思い出したかのように声をあげた。

「あれはぐうぜ

「いつから付き合っているの?」

「は?」

 困惑したような声が上がる。

 しかしもう付き合っていると思い込んでしまった日菜子には残念ながら聞こえなかった。賢仁はもちろんのこと、あの一花という女の子も、付き合ってもいない異性と出かけるようなタイプには見えなかったのだ。

「ミスコンで二位になった子なんだって?どんな子?」

「あのな・・・。」

 賢仁は少しイラついたような頭を押さえた。少し色々と聞きすぎだろうか。

 しかし日菜子は今までなんでも賢仁に話してきたのだ。それが賢仁の方は秘密にするなんてフェアじゃない。別にいつもは日菜子が勝手に一方的に話しているだけで、賢仁は聞き出そうとしているわけではないのだが、そこは敢えてスルーした。

 ピアノをやめて。体つきも変わって。彼女もできて。いくら弟離れをしないといけない時期だとしても、こんな急激な変化は嫌だった。せめて、相談にのれるお姉さんポジションは無くしたくない。

 根底にある名称を知らない感情の奔流に呑まれて、日菜子は続けた。

「賢ちゃん、ちゃんとあの子に優しくしてあげてるの?いっつも難しい顔してるんじゃないの?」

「おい、」

「デートのときはため息はNGだからね!あれ普通の女の子は傷つくんだから!」

 びしりと指を立てて言い放つ。賢仁がどんな顔をしているか、今の日菜子は気づけなかった。

「ひな、いい加減に」

「というか、どうして私に言ってくれないの?言ってくれれば、」

「っひな!」

「私、応援した――・・・!」

 最後の言葉は机を殴る衝撃音でかき消され、日菜子はびくりとした。

 叩いたのは賢仁だった。顔はうつむいていてわからないが、拳を握り締め、もう片方の手も膝に爪が食い込んでいる。全身から溢れる怒気に、思わず身をすくませた。こんなに怒った賢仁を見るのは始めてかもしれない。日菜子はやはりでしゃばりすぎたと今更反省した。

 怒鳴るか、追い出されるか。今までの経験から次の行動を予想して息をひそめる。しかし賢仁は意外に落ち着いた声で話し始めた。

「この間の《すみれ》」

「へっ?」

 唐突な話題に思わず変な声が出る。

「あれ、俺にも少しわかるな。」

「は?え?そ、そう?」

 突然何を言い出すのだろう。急な話題転換についていけずに戸惑ったが、日菜子に怒っていたのではないとわかって、少し安心した。

 しかし、顔を上げてこちらを見た賢仁と目があって、それが間違いだと悟った。

「どうせ自分を見てもらえないなら、そいつに殺された方がましだ。」

 賢仁は椅子から立ち上がると、その刺すような視線で日菜子の動きを止め、ゆっくりと近づいてくる。

「でも俺は、ただでは死んでやらない。」

 何を物騒な話をしている。いつもなら出てくるそんな軽口を言うことができない。。

 賢仁は雰囲気とは裏腹に優しい手つきで日菜子の頬を撫でた。少しカサついた親指が目尻をなぞる。

 

「どんな手を使ってでも、お前が踏みつけたんだってことを、一生忘れないようにしてやるよ。」


「賢――・・・」

 告げるはずだった名前は、唇に押し当てられた熱に飲み込まれた。

 視界が反転する。背中にベッドの感触を感じても、何が起きているのか全くわからなかった。

 ひどく熱いものが日菜子の唇を食み、呆然と開いた隙間から何かが割って入ってきた。それは日菜子の舌を絡めとり、吸いつくし、口内を這い回る。

 目の前に閉じられた賢仁のまぶたが眼鏡越しに見えて、ようやく現状を把握した。

(あ、キスされてる)

 漫画やドラマで見たことのある構図が頭に浮かぶと同時に息が苦しくなり、酸欠を訴えようと賢仁の肩を叩く。彼は抵抗されていると感じたのか、その手を荒々しい手つきでベッドに縫い付けた。手首をさすり、そのまま指を絡められる。

 その間も舌で上あごや歯の裏を撫で回され、唇から漏れた息が耳に響く。

 もう片方の手は離れないように首の下に固定された。

 その手を外させようと手を添えたが、まるで力が入らず気が遠くなりそうになった瞬間。

 唐突に賢仁の唇が離れた。

 近距離で交わされる視線。日菜子の生理的な涙が目尻から溢れる。胸は酸素を取り入れようと激しく上下していた。賢仁の瞳に焼け付くような熱と痛みを見つけ、日菜子はそらすことができない。

 再び賢仁が体重をのせる。そしてもう一度唇が触れそうになった時、日菜子がポツリと言った。


「賢ちゃんもキスとかするんだ・・・。」


 賢仁はその間の抜けた言葉に動きを止めた。

 そして数秒の後、ため息を吐きながら脱力した。

「第一声がそれか・・・。」

「え、だって。」

 賢仁とそういう行為が全く結びつかないのだ。

 そりゃあ賢仁も男の子であるので、そういう思春期の諸々の事情というのはそれなりに理解はしているが、それでもやっぱりしっくりこない。先程まで彼女の話をしていたくせに、賢仁がその子とそういう行為に及ぶということは頭から抜け落ちていたのだ。

 小さな頃からずっと一緒で、お風呂にも入った仲である弟のような存在が、姉である自分より先にキスを知っているなんて。

 日菜子はベッドの上で腕を組んで悩みだす。

 賢仁はそれを心底疲れたような目をして眺め、やがて立ち上がった。

 体の上から重みがなくなり、日菜子も目を上げる。

「もういい。出てけ。」

 いつもより更に深いシワを刻んで言い放たれた。

「賢「で・て・け」

 取り付く島もない。

 色々と言わなければならないことがあるような気がしたが、日菜子は諦めてすごすごと賢仁の部屋を出た。

 階段をゆっくりと下りる音が響く。

 残された賢仁は前髪をくしゃりと握り、珍しく悪態をついた。

「っくそ・・・」

 その姿は、まるで歌曲の結末のようだった。

 

“可哀想なすみれ!本当に可愛いすみれだった。”








 一方日菜子といえば。自身のキャパシティを超える出来事にフリーズしていた頭が、数時間後にやっと全てを分析し終えて、今更ベッドの上で項垂れていた。怒りや羞恥よりも、焦燥感に苛まれる。

 まずい。あれはまずい。よくわからないがとにかくまずい。

 あんな賢仁は知らない。大人びてはいたけど、それでも日菜子にとっては弟だったのだ。

 それがあれでは―――・・・

「ぎゃーーーー!!!!」

 その先の言葉が浮かびそうになって枕を壁に叩きつけた。階下から母親のたしなめる声が届いたが、気にしている場合ではない。これは16年間の姉弟の関係を揺るがしかねない由々しき事態なのだ。

 日菜子は勢いよくベッドに倒れこみ、足をバタバタさせた。

(賢ちゃんが悪いんだから!あんな・・・あんな・・・)

 賢仁を非難しようとして再び唇の感触や体温や目の色が蘇る。

「にゃ゛ーーーー!!!!」

 今度は自らの手で壁を殴りつけた。とにかく考えないようにするために、日菜子はひたすら動き回る。階下の母親も諦めたのか、何も言ってこなくなった。

(あれ、でも・・・)

 ひとしきり悶えてから、日菜子ははたと止まって体を起こした。

「これって・・・浮気になるの?」

 

 結局一番肝心な誤解を解くのを忘れていた賢仁だった。

なんかすみません。

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